〈熱国之巻〉
三溪の支援のもと、生活の安定を得た紫紅は研究を重ね、歴史画以外にも多方面へと活躍の場を広げていった。探求の日々の中でたどり着いた、紫紅の画業の一つの「到達点」が、風景画である。
1912年に挑んだ連作<近江八景>がその最初の一歩だった。
「近江八景」とは、近江(滋賀県)の琵琶湖の周辺の美しい8つの風景を描く、江戸時代から親しまれた画題で、モチーフや描き方のパターンはほぼ定型化していた。
が、紫紅は1912年8月、実際に滋賀県へと旅し、名所の数々を自分の目で見て、写生した成果をもとに新しい「近江八景」を作り上げて見せた。(6月5日から展示開始予定)
しかし、この後も彼の躍進は止まらない。1914年には、これまでにない新たな画題を求めてインドへと旅立つ。そして旅の中で見た風景を、絵巻物<熱国之巻>(朝之巻)(暮之巻)へとまとめ上げた。
今村紫紅《熱国之巻(朝之巻)》 紙本着色・一巻(図は部分) 大正3年(1914) 45.7×954.5cm 東京国立博物館 ※国指定重要文化財 (展示期間:4月25日~5月20日) ※《熱国之巻(暮之巻)》は5月22日~6月3日の展示 Image: TNM Image Archives
何枚もの紙を横につなげて長大な場面を作り出し、主題となる物語や風景を右から左へと展開させていく絵巻物は、日本美術独特の表現形態であり、紫紅も修業時代に模写したものが残されている。
この伝統的な様式によって、彼は、旅の前半に自らの目で見たインドのカルカッタやシンガポール、ペナンなどの異国の風景と、そこで暮らす人々の生活という、これまでの日本美術では描かれてこなかった風景を、鮮やかな色彩と筆致で描いてみせた。
実際に広げられた絵巻を前にすると、画面からはインドの熱く湿った空気が立ち上ってくるような錯覚すら覚えてくる。
<熱国之巻>は、再興後の日本美術院の第一回展に出品されたが、「問題作」として賛否両論を引き起こした。紫紅を後援していた三溪すらも、「悪作」と眉をひそめた。
だが、伝統の枠組みに則りながらも、主題も技法も前例のないこの大作は、紫紅の理想や美学が凝縮されたマニフェストとも言えよう。
まさに「(芸術の)自由も、新も我にあり!」である。
<熱国之巻>制作・発表の後も、紫紅は後輩たちと研究会「赤曜会」を設立し、後輩の指導につくしつつ、自らも「新南画」ともいうべき新しい画風の追求に没頭した。しかし、1916年、新居に引っ越したその日に倒れ、亡くなる。35歳だった。
短い生涯の中でも、彼は「日本画の革新」という目標に向け、常に学び挑戦し続け、多くの作品として昇華していった。まさに自分のエネルギーのほとんどを、「自由に描く」ことに、そして後輩たちにも伝えていくことに捧げた人生だったと言える。
<熱国之巻>をはじめ、今回の紫紅展に展示されている作品群からは、そんな彼の濃密なエネルギーが立ち上って来るかのようだ。
ぜひ、体感してみてほしい。
展覧会情報
展覧会名:没後110年 日本画の革命児 今村紫紅
会場:横浜美術館(神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1)
会期:2026年4月25日(土) ~ 6月28日(日)
開館時間:10時~18時(入館は閉館の30分前まで)
休館日:木曜日 ※4月30日、5月7日は開館
主催:横浜美術館、毎日新聞社、TBSグロウディア、神奈川新聞社、tvk(テレビ神奈川)
特別協力:丸栄堂、東京国立近代美術館
協力:みなとみらい線
後援:TBSラジオ
没後110年 日本画の革命児 今村紫紅 - 横浜美術館
観覧料
一般:2,200(2,000 / 2,100)円
大学生:1,600(1,400 / 1,500)円
中学・高校生:1,000( 800 / 900)円
小学生以下:無料
※上記全て税込料金
※( )内は有料20名以上の団体料金
団体は有料20名以上の料金(要事前予約[TEL:045-221-0300]、美術館券売所でのみ販売)
※障がい者手帳をお持ちの方と介護の方(1名)は無料(ミライロID可)
※前売券は4月24日に販売終了しました。
※同時開催する横浜美術館コレクション展「みる風景、かんがえる風景」、「アーティストとひらく 鎌田友介展:ある想像力、ふたつの土地」も、「今村紫紅」展チケットで観覧当日に限りご入場いただけます。
