血液がんの一種である「多発性骨髄腫」はこれまで、臓器障害などの症状が出るまで「経過観察」とされてきました。そうした中、高リスクのくすぶり型多発性骨髄腫における進展遅延を目的とした治療薬「ダラツムマブ(商品名:ダラキューロ)」が2025年11月に承認され、早期介入という選択肢が生まれました。2026年2月25日に開かれた、くすぶり型多発性骨髄腫へのダラツムマブの承認に関するプレスセミナーでは、治験に参加した患者さんが登壇し、「経過観察」の期間に抱いた不安や治験参加を決意した思いなどについて語りました。
治験終了から4年、無治療で過ごす
最初に司会者から、秋吉由香子さんのこれまでの経過について、次のように説明がありました。秋吉さんは大阪府在住だった2003年、別の病気を疑って受けた検査でMGUS(エムガス=意義不明の単クローン性免疫グロブリン血症:初期の遺伝子異常によって異常なタンパクが産生される前がん状態)と診断されました。2006年に千葉県に転居して病院を受診した際に、「くすぶり型多発性骨髄腫」と診断されました。
それから9年後に知り合いから日赤医療センターを紹介され、のちに主治医となる鈴木憲史先生(日本赤十字社医療センター 骨髄腫アミロイドーシスセンター 顧問)に出会います。そして2018年にダラツムマブの治験に参加して、3年間治療を受けました。現在は治験が終了し、4年間無治療という状況です。
不安でいっぱいだった「経過観察」期間
Q:
2003年に大阪で多発性骨髄腫の一歩手前である「MGUS」と診断された当時の状況やお気持ちを教えてください。
秋吉さん:
初めて「骨髄腫」という病名を聞き、何のことを言われているのか分からず、難しい病気だと思いました。最後に「腫」がつくので、がんの一種なのかなと感じていました。先生からは「骨髄腫の一歩手前で、すぐには治療せず経過観察を続ける」と説明を受けました。
MGUSは症状がないと言われますが、当時は体調が悪かったり腰が痛かったりすると「病気のせいではないか」という思いが頭から離れず、不安でいっぱいでした。インターネットで「多発性骨髄腫」を調べると「生存期間5年」*という情報が目に飛び込んできて、当時小学6年生だった息子のことを思い、何年生きられるのかと不安しかありませんでした。
*編集部注:現在は複数の新薬の登場により、治療成績や生存期間は当時と比べて飛躍的に向上しています
Q:
その後、千葉県の病院で「くすぶり型多発性骨髄腫」と診断され、そこからさらに10年以上「経過観察」が続きました。どのようなお気持ちで過ごされていましたか?
秋吉さん:
当時の先生は多発性骨髄腫を専門にしてはいなかったため、積極的な治療の話にはなりませんでした。千葉に来てからは病気のことはあまり調べませんでした。当時の記憶として、多発性骨髄腫の治療となると「自家造血幹細胞移植*」という大変な治療になるというイメージがあったため、治療しなくていいのならこのまま(経過観察で)過ごしていたいという思いもありました。
*自家造血幹細胞移植:大量化学療法や全身放射性療法で腫瘍細胞を減少させる「移植前処置」をした後、患者本人からあらかじめ採取した造血幹細胞(血液のもとになる細胞)を体に戻す治療

