エピソード③脳へのモーニングコール:「噛む力と回数」が記憶を呼び戻す
編集部
健康意識が非常に高く、食事も運動も徹底していた75歳のMさんについても聞かせてください。それほど気をつけていても、物忘れは防げないのでしょうか。
舛森先生
Mさんの場合、一見完璧な食生活の中に意外な盲点がありました。それは、「歯に優しいから」という理由で、スムージーや豆腐など柔らかいものばかりを食べていたことです。
編集部
食べ物の「硬さ」が脳に関係するのですか?
舛森先生
東北大学など日本の大学の研究で、噛む力が弱い人は強い人に比べて、記憶を司る「海馬(かいば)」の機能が低下していたという報告があります。噛むという行為は、脳を目覚めさせる「モーニングコール」のような役割を果たしているんです。
編集部
「噛むこと」自体が脳への刺激になるのですね。
舛森先生
はい。特に朝食時にしっかり噛むことが重要です。Mさんには、スムージーをやめて、野菜をしっかり噛んで食べるよう提案しました。1カ月後、「脳がすっきりする感覚がある」と変化を感じただけでなく、表情筋が鍛えられたことで娘さんからも「最近表情が明るくなった」と言われるほど変化が出ました。
編集部
早食いを避け、一口でも多く噛むことが、美味しいものを長く食べるため、そして脳の健康のためにも重要だということですね。
脳の未来を変える新習慣3
「食事のとき、いつもより10回多く噛む」
エピソード④脳は探検家:「好き」という気持ちが切り拓く新しい道
編集部
最後は、やる気の低下に悩んでいたSさんのエピソードです。大好きだった手芸にも触れなくなってしまったそうですが、これも認知症のサインなのでしょうか。
舛森先生
非常に重要なサインです。国立長寿医療研究センターの報告でも、認知機能低下の最初の症状は「記憶力の低下」ではなく、「興味や意欲の喪失」として表れやすいことが分かっています。ただし、うつ病などほかの原因でも同様の症状が出るため、気になる場合は認知症を専門とする医師への相談をお勧めします。
編集部
なぜ「やる気」がそれほど大切なのですか?
舛森先生
脳は本来「未知なるものを探す探検家」のような性質を持っています。探検家は毎日同じことの繰り返しでは飽きて眠り込んでしまいます。そこでSさんには、「手芸を再開しましょう」とは言わず、「1日5分、昔使った毛糸や綺麗な布を押し入れから出して眺めるだけでいいですよ」と伝えました。
編集部
ハードルをぐっと下げたのですね。その後、Sさんはどうなりましたか。
舛森先生
半年後、胸元に自作の美しい花のブローチをつけて来院しました。「糸を触っていたらワクワクしてきて、明日は何色の材料を使おうかと、毎日が楽しみになったんです」と満面の笑みで語っていました。「好き」という原点に戻ることが、脳の中に新しい道を切り拓いたのです。
脳の未来を変える新習慣4
「昔好きだったことを思い出し、5分間でも触れてみる」

