見てほしかったのは私
結局、私は母を喜ばせたかったのではなく、「私を見て、認めて」と叫び続けていただけなのかもしれません。
私のプレゼントには見向きもせず、弟のことを思う母の横顔を見ていると、その執着が静かに崩れ落ちていくのが分かりました。
「もう、お母さんの期待に応えるために、自分を削らなくてもいいんだ」
執着がほどけた瞬間
「もう、十分頑張ったよね」
私は、母や弟と心の距離を置くことを決意しました。
母からの関心を追い求めるのをやめた瞬間、ずっと背負っていた重いリュックを、ようやく道端に下ろせたような気がしました。
親に認められなくても、私は私でいい。
誰かに認めてもらうためではなく、自分が納得できる生き方を選ぶ。
そう思えたとき、ようやく少しだけ楽になれました。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2026年4月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

