「飲むだけで痩せる」「注射するだけでラクに痩せられる」と話題のGLP-1ダイエット。SNSや美容クリニックの広告で見かけて、気になっている方も多いのではないでしょうか。しかし、GLP-1受容体作動薬はもともと糖尿病の治療薬であり、肝臓をはじめとする臓器への影響が十分に知られていません。そこで、日本肝臓学会専門医であり臨床心理士でもある「SUGAR」の佐藤先生に、「GLP-1薬が肝臓に与える影響と、安全に向き合うための知識」について伺いました。

監修医師:
佐藤 将人(SUGAR LLC)
東北大学医学部卒業。同大学院博士課程修了(医学博士)。国立がん研究センター中央病院肝胆膵外科での臨床経験を経て、日本肝臓学会専門医・日本外科学会専門医として肝臓疾患の診療と研究に従事。在学中にはJohns Hopkins Universityへ留学。その後、30社以上の企業で産業医として働く人の心身の健康を支援する中で、「体の病気」と「心のストレス」は切り離せないと実感。臨床心理士として心のケアの専門性を、中小企業診断士として経営と健康をつなぐ視点をそれぞれ修得した。現在は仙台市を拠点に、医学・心理学・経営学の3つの専門知識を掛け合わせ、「正しい医療情報を、わかりやすく届ける」ことを使命に、メディアでの情報発信と企業の健康経営支援に取り組んでいる。
GLP-1ダイエット薬と肝臓の意外な関係
編集部
そもそもGLP-1とは何ですか? なぜ「やせ薬」として使われているのか教えてください。
佐藤先生
GLP-1(ジーエルピーワン)は、私たちの小腸から食事の後に自然に分泌されるホルモンです。インスリンの分泌を促して血糖値を下げるほか、胃の動きをゆっくりにして満腹感を持続させ、脳の食欲中枢に働きかけて食欲を抑える作用があります。このGLP-1の作用を人工的に再現したのが「GLP-1受容体作動薬」で、セマグルチド(ウゴービなど)やチルゼパチド(ゼップバウンドなど)などがあります。
編集部
GLP-1受容体作動薬はダイエットを目的とした薬なのですか?
佐藤先生
日本では2型糖尿病の治療薬として承認されており、一部は肥満症治療薬としても使われています(※1)。SNSなどで「やせ薬」と呼ばれていますが、本来は医師の管理のもとで使用すべき医療用医薬品であり、単なるダイエットサプリメントとは根本的に異なります。
編集部
GLP-1受容体作動薬ですが、副作用や安全性の観点から、肝臓への影響を気にする声もあります。実際のところはいかがでしょうか?
佐藤先生
意外に思われるかもしれませんが、GLP-1受容体作動薬には脂肪肝を改善する効果があることが複数の研究で示されています。2025年にThe New England Journal of Medicine(NEJM)に掲載されたESSENCE試験(第3相臨床試験)では、脂肪性肝炎(MASH)の患者にセマグルチドを72週間投与したところ、肝臓の炎症が改善(脂肪性肝炎の消失)した割合が62.9%に達し、偽薬群の34.3%を大きく上回りました(※2)。また、肝臓の線維化(硬くなること)の改善も36.8%で認められています。
編集部
副作用どころか、むしろ肝臓の状態を改善する可能性があるということですか?
佐藤先生
その通りです。適切な医療管理のもとで使用されるGLP-1薬は、肝臓に「悪い」どころか、脂肪肝の治療薬として期待されている存在なのです。肝臓の炎症マーカーであるALTやASTの数値も改善することが報告されています(※3)。ただし、これらの研究結果はあくまで医師の管理下で適正に使用した場合のデータです。自己判断での使用とは状況がまったく異なることを、肝臓専門医として強調しておきます。
編集部
代謝を改善するからこそ、肝臓にも良いのですね。ちなみに最近、脂肪肝の呼び名が変わったというのは本当ですか?
佐藤先生
はい。2023年に国際的な肝臓学会が、従来の「NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)」から「MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)」へ名称を変更しました。日本肝臓学会も 2024年に正式な日本語病名を公表しています。この変更の背景には、「fatty(脂肪の)」という言葉が持つスティグマ(偏見)を解消する意図があります。世界人口の約30%が羅患しているとされ、GLP-1薬の治療ターゲットとしても注目されています(※4)。健康診断で「脂肪肝」と言われたことがある方は、この新しい名前を覚えておくといいかもしれません。
肝臓専門医が警告するGLP-1ダイエットのリスク
編集部
結局のところ、ダイエット目的でGLP-1薬を使うことは問題ないのでしょうか?
佐藤先生
日本糖尿病学会は、“糖尿病でない方”へのダイエット目的での処方について「適応外使用であり、安全性は確認されていない」と明確に警告しています(※5)。GLP-1受容体作動薬の臨床試験は主に2型糖尿病や高度肥満の患者さんを対象におこなわれており、健康な方が「あと数kg痩せたい」という目的で使用した場合の長期的な安全性データは限られています。さらに、PMDA(医薬品医療機器総合機構)もダイエット目的での使用に対して正式に注意喚起を発出しています。適応外使用で健康被害が起きた場合、医薬品副作用被害救済制度の対象外となる可能性がある点も重要です(※6)。
編集部
GLP-1薬の副作用にはどのようなものがありますか?
佐藤先生
最も多いのは消化器系の副作用です。吐き気(42%)、便秘(22%)、嘔吐(15%)などが報告されています(※2)。これらは投与開始初期に多く、徐々に軽減する傾向がありますが、個人差があります。また、頻度は低いものの、急性膵炎、腸閉塞、胃不全麻痺(胃の動きが極端に低下する状態)といった重篤な副作用も報告されています(※7)。
編集部
肝臓への副作用についても教えてください。
佐藤先生
肝臓に関しては、急速な体重減少に伴い胆石ができやすくなることが知られています。胆石は胆嚢炎や胆管炎の原因となり、これらは肝臓に隣接する臓器のトラブルとして肝機能にも影響を及ぼす可能性があります。臨床心理士と中小企業診断士でもある立場から申し上げると、「副作用が怖いから一切ダメ」でも「SNSで良いと聞いたから大丈夫」でもなく、リスクとベネフィットを冷静に天秤にかけることが大切です。
編集部
GLP-1薬をやめるとリバウンドすると聞きました。本当でしょうか?
佐藤先生
はい、これは非常に重要なポイントです。GLP-1薬の食欲抑制効果は薬が体内にある間だけ持続するため、投与を中止すると食欲が戻り、体重が増加するケースが多く報告されています。ある研究では、セマグルチド中止後1年間で減量分の約3分の2がリバウンドしたとの報告もあります(※8)。このことは、GLP-1薬が「飲んでいる間だけ効く対症療法」であり、根本的な生活習慣の改善なしには持続的な効果が得られないことを意味しています。
編集部
単に体重が戻るだけでなく、肝臓そのものにもダメージがあるのでしょうか?
佐藤先生
急激な体重の増減は肝臓にとって大きな負担です。リバウンドによる脂肪の再蓄積は、脂肪肝の悪化につながるリスクがあります。産業医として多くの働く方を見てきましたが、短期間で一気に痩せようとするほど、その反動も大きくなります。結局のところ、「無理なく、長期的に、いかに生活習慣を整えていくか」。これは最新の薬が登場しても変わらない、昔からずっと大切にされてきた健康の本質です。薬はあくまで補助であり、主役は私たち自身の日々の生活習慣の改善であることを、肝臓専門医として改めてお伝えしたいと思います。

