番台の女性がとった、意外な行動とは?
しかし番台の女性は慌てる様子もなく、ただ静かにうなずきながら問題の常連客の前に歩み寄ると、「これ、全部あなたの?」と穏やかに確認しました。そして次の瞬間、何の躊躇もなく湯船の縁に置かれていたタオルや洗面器をひとつひとつ手に取り、片付け始めたのです。
「そしたら場所取りおばさんはムッとして『なにするのよ! 私は常連なんだから!』とヒステリックに声を荒げたんですよ」その言動は、自分の行為を無理やり正当化して、周囲を従わせようとする強い圧を感じさせるものでした。
「すると、おばあちゃんが優しく『常連さんはね、場所を取る人じゃなくて、場所を譲る人なの』と諭すように言って、湯船にいた人たちがハッとして思わず顔を見合わせたんですよね」
女性は言葉を失い、口を開けたまま固まってしまいます。
「そしておばあちゃんは『ここはね、みんなで温まるところよ』と、タオルと洗面器をまとめて渡すと、『荷物は棚に置いといたら? お湯は逃げないから』と、“場所取りおばさん”に語りかけたんですよ」
銭湯の平和は、この人が守ってくれている
やわらかな口調でありながら、逃げ場のない正論。その場にいた誰もが、胸の中で深くうなずいていました。すると女性の顔はみるみるこわばり、落ち着きを失った様子で視線を泳がせ、「……わかったわよ」と観念したように呟くと、ようやくタオルを手に取りしぶしぶと片付け始めたそう。
「その瞬間、さっきまで変な緊張があった浴場の空気がふっと緩んで、再び癒しの空間に戻ったんですよね」
ようやく落ち着いて湯船に身を沈めた真紀さんは、しみじみと感じたといいます。
「この銭湯の平和は、あのおばあちゃんが守ってくれているんだ。それならこれからも安心して通えそうだな」
理不尽な振る舞いにも、声を荒げることなく正していく。その静かな強さこそが、この場所の日常を支えているのだと真紀さんは心からホッとしたのでした。
<文・イラスト/鈴木詩子>
【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop

