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葛飾北斎の娘・葛飾応為とは?名作《吉原格子先之図》と映画『おーい、応為』で生涯をたどる

映画『おーい、応為』と、女性絵師が浮世絵に捧げた日々

映画.com

引用元:映画『おーい、応為』

浮世絵師といえば葛飾北斎が有名です。それでは、彼に劣らぬ才能を放ち、独自の画境を切り拓いた女性について知っていますか?名前はお栄、のちの葛飾応為です。映画『おーい、応為』は、飯島虚心『葛飾北斎伝』や杉浦日向子『百日紅』をもとに、彼女が才能を開花させていく様子を描きました。

露木為一《北斎仮宅之図》視線の先では葛飾北斎が絵を描いている。《北斎仮宅之図》の拡大図。視線の先では葛飾北斎が絵を描いている。露木為一《北斎仮宅之図》(1840年代中ごろ)/国立国会図書館, Public domain, via Wikimedia Commons.

お栄が絵師である夫・南沢等明と離縁し、北斎の工房に出戻る場面から、物語は動き出します。ゴミ屋敷さながらの散らかりきった長屋で、ひたすらに筆を走らせる父。その背中を見つめるうち、画界から遠ざかっていた彼女は、再び浮世絵と向き合いはじめました。

当時としては珍しい女性の浮世絵師。しかしお栄は、世俗的な「女らしさ」には目もくれませんでした。酒を嗜み、煙管をくゆらせ、衣食の貧しさは気にしない。父同様に掃除が大嫌いだったため、画業に専念しすぎて屋敷が汚くなるたびに引越しを繰り返したというエピソードも残っています。

映画を観ながら、応為が浮世絵に日々を捧げる様子が思い浮かびました。「葛飾北斎の裏方」としての苦悩。偉大すぎる才能に対するモヤモヤ。

それでも浮世絵師でいるという決断。こうした時間があったからこそ、彼女は「葛飾北斎の娘」から「葛飾応為」へと昇華し、《吉原格子先之図》のような名作を生み出したのだと思います。

露木為一《北斎仮宅之図》《露木為一《北斎仮宅之図》(1840年代中ごろ)/国立国会図書館, Public domain, via Wikimedia Commons.

葛飾北斎とともにあった葛飾応為の生涯

お栄(のちの葛飾応為)は、葛飾北斎の三女として生まれました。生まれた場所や年に関する正確な記録は残っていません。彼女に会ったという人々が年齢について書き残していますが、どれも内容がバラバラで、本当の生没年は不明です。

長屋に残された北斎の描き損じをお手本に、幼少期の彼女は絵を描きはじめました。次第に画才を発揮し、子どもながらに画業を手伝うことになります。

そしてお栄は14歳にして商業絵師デビューを果たしました。《大海原に帆掛船図》は、霧の中に見え隠れする船の帆を、鳥の視点で描いた作品です。絵の中には「栄女筆」という署名が残されています。北斎の門人が挿絵を担当した狂歌絵本『狂歌国尽』(1810年刊行)に収録されました。

その後、3代目堤等琳の門人だった南沢等明に嫁いだお栄。しかし針仕事をほとんどせず、夫の描く絵を「下手だ」と笑ったことで離縁され、実家に戻ります。その後は北斎のアシスタントとして、彩色や仕上げにはじまり、春画や美人画の代作まで務めました。

ちなみに「応為」という画号は、北斎が娘を呼ぶときの「おーい」という呼びかけに由来するという説があります。お栄は父を「親父殿」と呼び、衣食住への無頓着さや、絵に対する並外れた執着を共有していました。

彼女について北斎は「美人画にかけては応為には敵わない。彼女は妙々と描き、よく画法に適っている」と語ったそうです。また、北斎の通い弟子だった渓斎英泉も、『旡名翁随筆』(1833年刊行)の中で、「北斎の娘栄は絵をよく描く。父親に従って絵師を生業にしている。名手である」と書き残しました。

葛飾応為《三曲合奏図》葛飾応為《三曲合奏図》(1818〜1844年ごろ)/ボストン美術館, Public domain, via Wikimedia Commons.

1849年、北斎が90歳で亡くなると、お栄は親戚の家で一時的に生活しますが、それ以降の行方は分かりません。その最期については、金沢で亡くなったという説や、信州小布施で亡くなったという説などがあり、今でも謎に包まれています。

「あと5年あれば本当の絵が描けたのに」という父の願いを、彼女は誰よりも近くで見届けました。彼の画業を支えながら、同時にその背中を追い続けた人生は、自らの芸術を極めようと奮闘する日々だったのではないでしょうか。

配信元: イロハニアート

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