がん治療の飛躍的な進歩により患者さんの生存期間が大きく延びる一方、患者さんやその家族が直面する「時間毒性(タイム・トキシシティ)」という新たな課題に近年注目が集まっています。ジョンソン・エンド・ジョンソンは、「肺がん患者さんやご家族にとって、治療における『時間毒性』を減らすことの意義」と題したプレスセミナーを2026年4月に東京都内で開催しました。本記事では、肺がん患者さんにとっての時間毒性の実態と、新たに登場したEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がん治療薬「アミバンタマブの皮下投与製剤」が時間毒性にもたらす効果についてレポートします。
患者・家族の人生を削る「時間毒性」の実態
がんと診断された患者さんは、自らの人生を生きるために治療を受けます。しかし、皮肉なことに治療そのものが、患者さんや家族の貴重な人生の時間を奪ってしまうことがあります。セミナーに登壇した肺がん患者の会「ワンステップ」理事長の長谷川一男氏は、罹患から16年目を迎える当事者として「時間毒性」の実態を語りました。長谷川氏は39歳の時に肺がんと診断されました。ステージ4で、当時の生存期間中央値は「12カ月」と説明されたといいます。
長谷川氏は横浜市から東京都内の病院へ通院していた抗がん剤治療の初期、朝6時に家を出て8時に病院に到着しても待合室はいっぱいで、診察が始まるのは11時以降になるのが日常だったといいます。検査を経て点滴による治療が始まると、点滴だけで4〜5時間を要し、病院を出る頃には外はすっかり暗くなっていることも珍しくありませんでした。
「時間毒性が削るのは、患者さん本人の時間だけではありません」と長谷川氏はいいます。家族が付き添う場合、家族の1日も丸ごと病院で費やされることになります。共働きや子育て中の家庭であれば、有給休暇の消化や子どもの送迎、家事の分担など、生活全般に多大な調整と負担を強いることになります。
長谷川氏が紹介した海外の大規模研究のデータは、その深刻さを物語っています。ステージ4の進行がんの患者さんを対象にした調査によると、残された人生のうち「5日に1日以上」が医療機関への通院や治療に費やされていると報告されています。仕事をする時間、家族と食卓を囲む時間、あるいは旅行に行ったりただ休んだりするための時間が、治療によって奪われているのです。
「私たちはがんの治療をするために生きているのではなく、生きていくために治療をしているはずなのに、現実には1日が丸ごと治療に吸い込まれていく」という長谷川氏の言葉は、時間的な負担の大きさを浮き彫りにしています。
肺がん治療の進歩と、副作用・時間のジレンマ
時間毒性が表面化してきた背景には、治療の進歩があります。和歌山県立医科大学内科学第三講座准教授の赤松弘朗先生が紹介した国立がん研究センターのデータによると、肺がんは年間罹患数が12万人に及び、死亡数が約7万人と、罹患数が多く重症度が高い疾患です。乳がんが年間罹患数9万人に対して死亡数が1.5万人であることと比較しても、肺がんは罹患数と死亡数が近接しており、新しい治療法の開発が喫緊の課題となっています。

とはいえ、個別化医療の実現により、2000年に肺がんと診断された患者さんの3年生存率が16%だったのに対し、2020年代には約2倍へと改善が見られます。特にアジア人に多い「EGFR遺伝子変異陽性」の肺がんには、分子標的薬が大きな成果を上げてきました。長らく第3世代のEGFR阻害剤であるオシメルチニブが標準治療とされてきましたが、がんの不均一性などにより早期または最終的に耐性を獲得してしまうという課題がありました。その耐性を克服するために開発されたのが、二重特異性抗体「アミバンタマブ」とチロシンキナーゼ阻害剤「ラゼルチニブ」の併用療法です。
国際共同第3相試験(MARIPOSA試験)において、この併用療法はオシメルチニブ単独群を上回る無増悪生存期間(中央値23.7カ月)、また42カ月時点での差が10%以上となるなど統計学的に有意な生存期間の延長を示し、新たな標準治療としての地位を確立しました。しかし、治療効果が高まった半面、副作用への対応が課題となっています。アミバンタマブの静脈内投与(点滴)では、皮疹や爪囲炎に加え、約66%の患者さんに「インフュージョン・リレイテッド・リアクション(注射反応)」と呼ばれる急な息苦しさや血圧低下といったアレルギー様の症状が表れていました。加えて、これまでの点滴投与では約5時間もの時間を要し、これが患者さんの時間毒性を極端に増大させる要因となっていたのです。

