「正義」と「不安」の狭間で
注意したあとの静寂の中で、私は言いようのない罪悪感に襲われました。
(純粋に遊んでいるだけの子どもに、水をさしてしまったのではないか?)
(もし陸くんが親に報告して、あそこの家のおばさんは怖いなんて言いふらされたら……)
保護者が現場にいない分、話がどう伝わるかが不安でした。「子どもの遊びに目くじらを立てるなんて!」と逆恨みされるのではないかという恐怖。私だって、地域から孤立したいわけではありません。
ママ友の佐藤さんにその悩みを打ち明けると、彼女は真っ直ぐに私の目を見て言いました。
「それは『邪魔』じゃなくて、大切な『教育』だよ。自分の家の壁が傷ついたり、知らない人が入ってきたりして嫌な気持ちになるのは、至極まっとうな権利。正当な理由があるんだから、堂々としていていいのよ」
響き合う理解の音
数日後、家の前で立ち話をしていると、少年とお母さんにバッタリ会いました。心臓が嫌な音を立てましたが、お母さんの方は意外にも申し訳なさそうな表情で歩み寄ってきました。
「あの、先日息子がボールを当ててしまったそうで……。おまけに勝手にお庭にまで入ったと聞きました。本当にすみません。家でも厳しく言っておきました」
お母さんは、少年が「隣のおばちゃんに怒られた」と泣きついたのではなく、「お家の人が困っていた」と正しく伝えていたことを教えてくれました。
「いえ、こちらこそ……。元気に遊ぶのはいいことだと思うんですけど、音が響くのが少し辛くて。直接言ってしまってすみませんでした」
私が正直な気持ちを伝えると、お母さんは「いえ、言っていただけて良かったです。公園のルールも改めて親子で確認しますね」と微笑んでくれました。
それからというもの、ボールが壁に当たる回数は劇的に減りました。子どもたちは今、我が家から少し距離を置いた場所で、工夫して遊んでいます。
家は、家族が一番安心できる場所であるべきです。その平和を守るために声を上げることは、決して「悪」ではありません。勇気を出して伝えた言葉は、結果として、子どもたちに「マナー」という新しい視点を与えることになったのかもしれません。
窓の外からは、今日も楽しそうな声が聞こえてきます。でも、もう私の心に刺さるような鋭い音は響いてきません。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています。
記事作成: kumasan
(配信元: ママリ)

