「失礼ね。私はね、あんたを一人で育てるために、若いころはずっと我慢してきたのよ。自分の服一枚買うのも惜しんで。今やっと自分の時間が持てるようになったのに、息子からのたった2万円の感謝も受け取っちゃいけないの?」
「お母さん、感謝していないわけではないんです」
私は努めて冷静に言いました。
「でも、仕送りはお互いの生活が成り立った上での善意です。今の私たちは、自分たちの将来を削ってまでお母さんの趣味を支える余裕はありません」
「趣味って……ひどいわね。あれが私の生きがいなのよ! 紗枝さん、あなたには分からないでしょうけど、一人で子どもを育てるのがどれだけ大変か……」
そこから義母の「苦労話」が始まりました。いかに自分が大変だったか、いかに衛を立派に育てたか。それを盾にすれば、何でも許されると思っているようでした。
「分かったわよ。じゃあ、減額でいいわ。1万円……せめて5千円でも。それくらいなら、子どもの教育費に響かないでしょう?」
義母の言葉に、私は愕然としました。金額の問題じゃない。たとえ1円でも、「子どもの家庭からむしり取ってでも自分の自由な金が欲しい」というその執着心が、あまりにも怖かったのです。
「感謝=お金」という執着心
母子家庭だったため、義母が苦労してきたのは理解できます。ですが今は、何の不自由もなく暮らし、むしろランチに趣味にと豪遊しているようにすら見えます。
感謝の気持ちを、仕送りというカタチで示せというのは、乱暴ですね。本来であれば、紗枝は息子のために、少しでも貯蓄をしたいと考えていますが、義母への仕送りのせいで思う通りにできていません。
義母との関係を続けるための提案
「お母さん」
私は真っ直ぐに義母の目を見ました。
「提案があります。これからは、毎月の仕送りは一切なしにします。その代わり、お母さんからの誕生日プレゼント、空へのお年玉、入学祝い、その他の一切のお祝い事もなしにしましょう」
義母は目を見開きました。
「……え?」
「お互いに、お金のやりとりをゼロにするんです。お母さんは自分の稼いだお金をすべて自分のために使ってください。私たちは、自分たちのお金を空のために使います。もちろん、母の日や誕生日に食事に誘うとか、そういう『心』の交流は続けます。でも、義務的な現金移動はやめませんか?」
「そんな……お祝いもあげないなんて、おばあちゃんとして恥ずかしいじゃない」
「見栄を張るためのお金なら、いらないんです。それよりも、笑顔で空に会いに来てくれるだけで十分です」
義母は渋い顔をして黙り込みました。自分に入る2万円がなくなることと、世間体が秤にかけられているようでした。しかし、衛が「俺も、紗枝と同じ考えだ」と力強く言ってくれたことが決定打となりました。
「……勝手になさい。もう知らないわ」
義母はそう言い捨てて席を立ちましたが、その足取りにはどこか、諦めの色が混じっていました。
仕送りをしない代わりに、紗枝夫婦もお祝いなどを受け取らない、と宣言したのです。たしかに、お金のやり取りが一切なくなるというのは、シンプルで合理的な方法ですね。
初めは難色を示していた義母でしたが、息子夫婦に強く言われ、とうとう諦めたようです。

