自分には価値があることを教える
第三に、子どもに教えなければならないのは、自分に価値があることです。なぜ自分に価値があると教えなければならないか。アドラーは次のようにいっています。
「自分に価値があると思える時にだけ、勇気を持てる」(Adler Speaks)
勉強についていえば、価値があるというのは、有能であるという意味です。そう思えればこそ、勉強に取り組む勇気を持つことができます。なぜ勉強するのに勇気がいるのかといえば、結果が出て評価されるからです。仕事も同じです。いつもよい結果を出せるのであれば勇気はいりませんが、そうでなければ結果が出ることを恐れることになります。結果が出ることを恐れる子どもには、自分に能力があることを教えなければなりません。自分に能力があると思えなければ、勉強しようとしなくなるからです。
アドラーは、「誰でも何でも成し遂げることができる」といっています(『個人心理学講義』)。これに対しては、才能の違いや遺伝を持ち出して、何でも成し遂げることなどできないという批判がされてきました。
しかし、アドラーの主眼は、自分はできないという思い込みが生涯にわたる固定観念になることに警鐘を鳴らすことにあります。
当然、最初からよい結果を出せるわけではないので努力しなければなりませんが、最初から「できない」と思い込んで努力しなければ、よい結果を出すことはできません。
対人関係についていえば、自分に価値があると思えるというのは、自分が好きであるとか、自分を受け入れることができるという意味です。
カウンセリングにきた人に「自分のことが好きですか」とたずねると、「あまり好きではない」という答えが返ってくることがあります。中には「大嫌い」と答える人もいます。自分が好きかと問われて、「大好き」と答える人はカウンセリングにはこないでしょう。
自分が好きではない人は、そのことがいやなのではありません。自分に価値があると思う、つまり、自分が好きになってはいけないのです。自分が好きになり、自信を持てば対人関係の中に入っていかなければならなくなるからです。人と関われば何らかの摩擦が生じ、傷つくことを避けることはできません。だからこそ、アドラーは「あらゆる悩みは対人関係の悩みである」(前掲書)といっているのです。人と関わって傷つくことを恐れる子どもは対人関係の中に入っていこうとしません。
しかし、生きる喜びや幸福も対人関係の中でしか得ることはできません。幸福になるためには、対人関係に入っていく勇気を持ち、そのためには自分に価値があると思えなければならないのです。
アドラーは、先に引用した「自分に価値があると思える時にだけ、勇気を持てる」(Adler Speaks)という言葉に続けて、次のようにいっています。
「私に価値があると思えるのは、私の行動が共同体にとって有益である時だけである」(前掲書)
学校で勉強をしている子どもたちの場合、ここでいわれる行動は勉強のことです。ただ勉強ができるだけでは十分ではありません。「共同体にとって有益である」ということの意味はこれから見ますが、ここでは他者に役に立つという意味だと理解してください。勉強で他者に貢献できなければなりません。貢献感を持てた時に、自分に価値があると思え、自分に価値があると思えた時に勇気を持つことができるのです。

