脳トレ四択クイズ | Merkystyle

【怖い絵】なぜ『死の島』は心を惹きつけるのか──ヒトラーやレーニンも飾った不気味な名画

ヨーロッパ中の部屋に掛かった一枚

『死の島』に魅了されたのはフロイトだけではありません。

1900年前後のヨーロッパでは、名画の複製を家庭に飾る文化が広がっていました。レーニンやヒトラー、作曲家のラフマニノフなど、立場や思想がまったく違う人々も同じ一枚の絵に引き寄せられています。

なぜ、これほど多くの人が『死の島』を求めたのでしょうか。

アルノルト・ベックリン《死の島》(1883年、第三版)アルノルト・ベックリン《死の島》(1883年、第三版)。暗い水面を滑る小舟と、糸杉に覆われた島。5枚描かれたなかで最も広く知られるバージョン。, Public domain, via Wikimedia Commons.

その背景には当時のヨーロッパを覆っていた、漠然とした不安がありました。社会を支えていた古い枠組みが、少しずつ揺らぎはじめていたのです。

産業化が進むことで人々は農村を離れて都市へ集まり、鉄道や工場、電気の光が日々の生活を変えていきます。

その一方で、古くから人々の心を支えてきた教会や共同体の力は、以前ほど当たり前のものではなくなっていきました。

かつて人々は聖書や祈り、天国や救いの物語を通して、死の怖さを受け止めていました。

しかし近代化が進むにつれ、教会の言葉をそのまま信じることは難しくなっていきます。

「神のもとへ帰る」という前向きな出来事だった死は、誰にも代わってもらえない孤独な終わりとして感じられるようになったのです。

アルノルト・ベックリン《死神のいる自画像》(1872年)アルノルト・ベックリン《死神のいる自画像》(1872年)。背後でヴァイオリンを弾く骸骨に耳を傾けるアルノルト・ベックリン。背後にある骸骨は、死の気配を象徴している。ベルリン旧国立美術館蔵。, Public domain, via Wikimedia Commons.

そうした不安は、やがて第一次世界大戦によって現実のものになっていきます。

昨日まで見慣れていた街が砲撃によって一瞬にして崩れてしまう。死や喪失は遠い話ではなく、日常のすぐそばまで迫るようになっていったのです。

『死の島』が部屋に掛けられたのは、当時の時代を覆った「言葉にならない不安」に、目に見える形を与えてくれたからだと言えるでしょう。

胸の奥にある正体不明のざわつきが、あの暗い島の風景と重なる。だからこそ多くの人が、自分の手元に置かずにはいられなかったのです。

怖いのに目が離せないもの

ホラー映画や事故現場、深夜にスマホで読む怖い話。

怖いのについ見てしまう。そんな経験は誰にでもあるはずです。

見なくていいはずのものに視線が吸い寄せられるのは、「知っているのに知らない何か」が胸の奥をざわつかせるからです。

百年以上にわたって『死の島』が人を捕らえて離さない理由も、まさにここにあります。

一度も行ったことがないはずなのに、なぜか見覚えがある。懐かしいのに、恐ろしい。

あの暗い水面と糸杉にどこか見覚えがあるなら、そして静かな心のざわつきを感じたのなら、それがフロイトが名付けた「不安」の正体かもしれません。

ヒトラーの描いた絵を解説!美大に落ちた理由、退廃芸術の背景とは

アドルフ・ヒトラー。20世紀最大の独裁者として知られる彼ですが、政治家になる前は画家を志し、多くの作品を描いていたことをご存じでしょうか? ウィーン美術アカデミーの試験に2度落ち、その夢を諦めざるを…

配信元: イロハニアート

提供元

プロフィール画像

イロハニアート

最近よく耳にするアート。「興味はあるけれど、難しそう」と何となく敬遠していませんか?イロハニアートは、アートをもっと自由に、たくさんの人に楽しんでもらいたいという想いから生まれたメディアです。現代アートから古美術まで、アートのイロハが分かる、そんなメディアを目指して日々コンテンツを更新しています。