運動会の「残り2枠」の招待席
秋晴れの心地よい風が吹く中、小学校に入学して初めての運動会が近づいていました。
一生懸命ダンスやかけっこの練習に励む息子の蓮(れん)を見て、私は「当日はみんなで応援してあげたいな」と思っていました。真っ先に頭に浮かんだのは、いつも蓮を熱心に可愛がってくれる私の両親です。節目の行事やお誕生日には必ずお祝いをしてくれ、蓮の成長を誰よりも喜んでくれる存在でした。
しかし、あいにく今回はどうしても都合がつかないとのこと。
学校から配られた保護者の観覧席には、まだ2人分の空きがありました。このまま席を空けておくのももったいないと思い、私は夫の健太(けんた)に相談し、夫側の両親を誘ってみることにしたのです。
「運動会、もしよかったら蓮の応援に来ませんか?」
連絡を入れると、2人は「ぜひ行きたい」と快諾してくれました。わざわざ足を運んでくれることに、そのときは純粋に感謝の気持ちでいっぱいでした。
漂う「お客さん感」への違和感
運動会当日。蓮は大きな声を出して走り回り、日頃の練習の成果を存分に発揮してくれました。
観覧席で応援してくれた義両親も、蓮の姿を見て目を細めていました。無事にプログラムが終了し、私たちは「せっかくだから、みんなで遅めの昼食を食べに行こう」と、近くの和食レストランへ向かうことに。
しかし、お店に着いたあたりから、私はなんとなく心の中に小さな違和感を覚え始めていました。
義両親からは「よく頑張ったね」という言葉はあったものの、どこか「見に来てやったぞ」という、お呼ばれされた「お客さん」のような雰囲気が漂っていたのです。
楽しい食事の時間が終わり、お会計のとき。
義両親が財布を出す素振りはなく、支払いは当然のように夫の健太がカードを出して済ませました。
「わざわざ来てくれたんだし、こちらがもてなすのが筋なのかな…」
そう自分に言い聞かせようとしましたが、モヤモヤとした気持ちが心の隅に居座り続けていました。

