実両親の手厚さと、育ってきた環境の差
もし、これが私の両親だったら――。
帰りの車中、私はどうしてもそんな比較をしてしまっていました。私の両親であれば、孫の頑張りを目の当たりにしたら「よく頑張ったね! 好きなもの何でも食べなさい」と、食事代を出してくれるのはもちろん、ちょっとしたお菓子やご褒美のプレゼント、なんなら「これでおもちゃでも買いなさい」とお小遣いまで持たせてくれたはずです。
私自身がそういう手厚い環境で育ってきたからこそ、夫の家族の「言葉だけのお祝い」に対して、どうしても物足りなさや寂しさを感じてしまったのです。
「来てくれただけでありがたいと思わなきゃいけないけれど、形としてのご褒美が何もないのは、やっぱり何かモヤモヤするな…」
悪気がないのは分かっているからこそ、誰にも言えない不満が胸の中に溜まっていきました。
それぞれの家庭が持つ「心地よい距離感」
その夜、子どもが寝静まった後に、私はそれとなく夫に昼間の違和感を打ち明けてみました。すると夫は、驚いたような顔をしながらも、自分の実家のカルチャーについて話してくれました。
「うちの親戚は運動会でお祝いしたり、ものを買ったりする習慣はなかったな。言葉で褒めたり、子どもの頑張った話を熱心に聞いたりすることが一番だと思っていたんだと思うな」
夫の言葉を聞いて、私はハッとしました。どちらが正しくて、どちらが間違っているという問題ではないのだと気づかされたのです。
私の両親のように、目に見える形でほめる気持ちを伝える家庭もあれば、夫の実家のように、言葉や態度でほめることを重視する家庭もある。義両親からすれば今回は「招待されたから、お邪魔させてもらった」という素直な気持ちだったのかもしれません。
育ってきた環境が違えば、行事での感覚が異なるのは当然のこと。蓮を応援したいという気持ちに嘘はなかったということです。
「次は、最初からこちらの奢りだと割り切って招待するか、お互いに気を使わない工夫をしよう」
そう心の中で整理がつくと、すっと胸のつかえが取れました。家族の数だけ、ちょうどいい距離感とお祝いのカタチがある。そんな学びを得た、初めての運動会となりました。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています
記事作成: kumasan
(配信元: ママリ)

