元気いっぱいの杏月お姉さん、子ども時代は人見知りだった

――今年3月28日で番組を卒業となりましたが、「身体表現のお姉さん」りさお姉さん(上原りささん)のあとを継ぎ、2019年4月1日、初代・体操のお姉さんに就任しました。「おともだちのみんな」と同じくらいの頃は、どんな子どもでしたか?
杏月お姉さん(以下、杏月) 家では歌ったり踊ったりすることが好きでしたが、学校では手も挙げられない、当てられても人前ではなにも発言できないくらい、人見知りな子どもでした。
――人前に出るのが苦手だったんですね。
杏月 そうですね。そんな頃、幼稚園の友達が新体操を始めたのでクラブチームに見学に行ったのですが、母から離れられず「ちょっとやめようか」と一度は諦めまして。その後8歳で同級生が新体操をやっていることを知り、「もう一回行ってみようか」という感じで始めてからは、だんだんと体を動かしたり人前で表現することが好きになっていきました。
――オーディション時はどんな心境でしたか?
杏月 最終オーディションがすごく楽しかった、ということは覚えています。私自身も家族も「受かるわけないよね」という感じで、受けられただけで大満足でしたが、結果はなんと合格。2019年4月1日に体操のお姉さんに就任しました。
収録で「思わず泣きそうになるほど感動」したこと

――これまで収録やコンサートなどで多くの子どもとかかわってきた中で、どんな思い出がありますか?
杏月 すべてが大切な思い出ですが、真っ先に思い浮かぶのは、昨年、スタジオで人形劇「ファンターネ!」の収録をしていたときのこと。女の子がキラキラした目でキャラクターたちを見ていたんです。すごくうれしそうな表情を間近で見て、なんて純粋なんだろうと胸を打たれ、思わず泣きそうになるほど感動してしまって。「お姉さんになってよかったな」と思った瞬間でした。そんな私に振り付けの先生が気づいていて、あとで「あの女の子の顔を見て、泣きそうになっていたでしょう。すごくステキな表情だったよね」と。
――「おかあさんといっしょ」は、子どもの心が動くシーンがたくさんありますもんね。
杏月 そうですね。一方で、おうちの方から離れられないおともだちもたくさんいるなかで、みんな1時間の収録をがんばるんです。そんな姿を見るたびに「私もがんばろう!」と思っていました。
ほかには、「きらぴかハッケンジャー」という体を動かして宝探しをするコーナーで、上手にできなくて収録で「もう出ない」と言った子がいました。ですが収録後、ギーオンというキャラクターのもとに「会いに行こう!」と誘うと、お母さんから離れてひとりで駆け出していったんです。その姿を見て、すごく感動しましたね。

――収録時、そんなふうに出られない子がいたらどんな対応をしますか?
杏月 その時々で違いますが、おうちの方の元から離れられないおともだちがいたら、「ちょっとお散歩してみようか」と誘ってみたりします。とはいえ、なるべくその子の気持ちを尊重したいので、無理に連れて行くことはしないようにしていました。
基本的には、その子が楽しいと思えることはなんだろう?と探して、セットを指さして「あのカエルさんを触りに行ってみようか」「好きな色を探しに行ってみよう」などと誘ったり。別方向からアプローチをすると、「いっしょにいく」と言って来てくれることがありましたね。
――子どもと接するとき、仲良くなるためにどんなことを心がけていましたか?
杏月 一緒に心から楽しんで遊ぶことです。こっちが楽しんでいると、おともだちのみんなもリラックスして一緒に楽しんでくれることが多かったですね。
――子どもたちとの触れ合いを通じて、杏月お姉さん自身にどんな変化がありましたか?
杏月 子どもに対して人として尊敬の念を抱くようになりました。おともだちのみんなって、すごいんです。植物に詳しい子、宇宙に詳しい子、乗り物に詳しい子……自分が知らないことをたくさん知っているんですよ。私って全然知らないことがこんなにたくさんあったんだなあと、いろいろなことを学ばせてもらいましたね。
――「おかあさんといっしょ」は番組収録のほか、イベントでも直接おともだちのみんなやおうちの方と触れ合える機会がありますね。
杏月 そうですね。おともだちが楽しく体を動かしている姿を、幸せそうな表情で見守っているおうちの方々が見えるんです。そんな表情を見ていると、「この笑顔、守りたい!」と思うんです。
