「真帆ちゃんの旦那さん、建築士でしょ?」
「……うん」
「この図面、ちょっと見てもらえない?」
私は一瞬、言葉を失った。
「え?」
「ほら、プロの意見って聞いてみたいじゃん?」
藤川さんは軽い調子で続ける。
「ここさ、壁抜けるのかなーとか、動線どう思う?とか」
画面を指差しながら、次々に話し始めた。
「業者の人は大丈夫って言ってるんだけど、本当かなって」
私はスマホの画面を見つめたまま、固まってしまう。
……ちょっと待って。
それってつまり、恒一に仕事の相談をしてほしいってこと?
それも、こんな気軽な感じで?
「あ、もちろん今じゃなくていいよ!」
藤川さんは笑いながら言った。
「家でサラッと見てもらうだけでいいから」
サラッと。
その言葉が、妙に引っかかった。
図面を見るって、そんな簡単なことじゃないはずだ。
私は建築のことは詳しくないけれど、それでも分かる。
恒一は仕事として、いつも真剣に図面に向き合っている。
それを──
“ちょっと見てほしい”
そんな軽い言葉で頼んでいいものなのだろうか。
「どうかな?」
藤川さんが期待するような目でこちらを見る。
断る理由を探そうとしても、言葉が出てこない。
「えっと……」
私は曖昧に笑うしかなかった。
胸の奥に、もやっとしたものが広がっていく。
このお願い。
簡単に「いいよ」と言っていいものなの?
でも断ったら、関係が気まずくなるかもしれない。
PTAも一緒だし、子ども同士だって仲がいい。
「旦那さん優しそうだったし、大丈夫だよね?」
藤川さんは悪びれる様子もなく言った。
私は小さく息を飲んだ。
──どう答えればいいんだろう。
困惑したまま、私はスマホの図面を見つめていた。
あ然…ママ友の図々しいお願い
ママ友・美咲の家では現在、リフォームを考えているそうです。業者とやり取りしているのに、真帆の夫に「サラッと見て欲しい」とお願いされたのです。建築のことはよくわからない真帆は、断りたくても言葉が出てきません。
美咲は、「頼れる存在」の一方、今までも「図々しい」と感じる一面がありました。それは、子どもが幼稚園に通っていたころにさかのぼります…。
強引なママ友に違和感
幼稚園の保護者会で、イベントの係を決める話になった。
先生が困ったように言う。
「どなたか、お手伝いしていただける方は……」
教室が、しん……と静まり返る。
みんな目をそらしている。
そのときだった。
「じゃあさ」
藤川さんがぱっと手を挙げた。
「真帆ちゃんと私でやろうか?」
突然名前を出されて、私はびっくりした。
「え?」
「真帆ちゃん、こういうの得意そうだし」
にこにこしながら言う藤川さん。
周りのママたちも安心したように言う。
「助かる〜」
「ありがとう!」
気づけば話はどんどん進んでいき、私はそのまま係になっていた。
帰り道。
藤川さんは悪びれる様子もなく笑った。
「ごめんね、いきなり名前出しちゃって」
「いや、大丈夫だけど……」
「でもさ、誰もやらない空気だったじゃん?」
「うん。だけど……」
「だったら、ちゃっちゃと決めた方が早いかなって」
あっけらかんと言う。
確かにその通りかもしれない。
でも──
「まあ、真帆ちゃんなら大丈夫でしょ」
軽く言われたその一言に、少しだけ引っかかった。
幼稚園のお手伝い、誰かがやらなければいけませんね。とはいえ、自分で立候補するのと、他のママから突然名前を挙げられるのは、違いますね。強引な一面がある美咲に対して、真帆はこのころから違和感を抱いていました。
そして今回の、図面の件。困った真帆は夫に相談します。

