絵の中に、もう一枚の絵がある
《人間の条件》の構図を再現した参考図。キャンバスに描かれた風景と、窓の外の景色が一枚に溶け合う。(生成イメージ)
《人間の条件》は、1933年にマグリットが描いた油彩画で、現在はワシントンのナショナル・ギャラリーに収蔵されています。描かれているのは、一見するとシンプルな室内の光景です。部屋の窓際にイーゼルが置かれ、そこに一枚のキャンバスが立てかけられています。
《人間の条件》(1933年)
キャンバスに描かれているのは、緑の野原と木々、そして空です。ところが、その向こうにある窓の外にも、同じような風景が広がっています。
よく見ると、キャンバスに描かれた風景と窓の外の景色はぴったり重なっていて、どこまでが絵で、どこからが現実なのか分かりません。
最初は「うまく描いてあるな」と思うかもしれませんが、じっと見ているうちに、少しずつ居心地の悪さがこみ上げてきます。窓の外を見ているはずなのに、そこにある景色はキャンバスの絵と重なり合っている。このとき私たちは、本当に「外の景色」を見ているのでしょうか。
そもそも自分の目に映っているものは、本当にそこにある風景なのでしょうか。それとも、頭の中でつくり上げた「イメージ」を見ているだけなのか。たった一枚の絵の中に、私たちが何気なくしている「見る」という行為を、激しく揺さぶるメッセージが仕込まれているのです。
日常をほんの少しだけ「ずらす」画家マグリット
マグリットは、シュルレアリスムの画家として知られています。
シュルレアリスムとは、1920年代にフランスを中心に広がった芸術運動です。現実をそのまま描くのではなく夢の中のような光景や、普段は意識していない心の奥にあるイメージを表現しようとしました。
ダリの《記憶の固執》、いわゆる「溶けた時計」はその代表例ですが、マグリットの絵はダリとはだいぶ趣が違います。
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サルバドール・ダリ《記憶の固執》(1931年)
ニューヨーク近代美術館(MoMA)蔵。岩場の風景に、ぐにゃりと溶けた時計が垂れ下がる。同じシュルレアリスムでも、マグリットとはずいぶん違う世界が広がる。(画像引用:The Museum of Modern Art 公式Instagram)
マグリットが描くのはリンゴ、パイプ、窓、空、帽子の男など、どこにでもある日常的なモチーフばかりです。
幻想的な夢の世界を描くのではなく、見慣れたものをほんの少しだけ「ずらす」。すると、見ている側の認識がぐらりと揺れる。
さらにマグリットは画家としては珍しく、自分の絵について明晰な言葉を残しています。
《人間の条件》について、マグリットは次のような趣旨のことを述べています。
窓の前にキャンバスを置き、本来ならキャンバスに遮られて見えないはずの景色を、そっくりそのまま絵として描き写したのです。 こうすると絵に描かれた木が、窓の外にある本物の木をぴったりと隠してしまいます。これを見た人の頭の中では、木が「絵の中」と「現実の世界」という二つの場所に、同時に存在することになるのです。
つまりマグリットは「私たちがただ“見ている”と思っている世界は、頭の中で再構成されたイメージにすぎないのではないか」と指摘したのです。
約2400年前、古代ギリシアの哲学者プラトンも同じような問題意識を持っていましたが、マグリットは哲学の言葉ではなく一枚の絵を通じて表現しました。
ヤン・サーンレダム《プラトンの洞窟》(1604年、コルネリス・ファン・ハールレムに基づく)。洞窟の壁に映る影だけを「現実」と信じる人々を描いている。マグリットの問題意識と時代を隔てて呼応する一枚。, Public domain, via Wikimedia Commons.
見た瞬間に「あれ?」と感じさせる方法で、私たちの見方に疑問を投げかけたのです。
