私たちはいつも「枠の中の風景」を見ている?
日常を見渡すと、私たちが「現実をそのまま見ている」と思い込んでいる場面は意外と多いはずです。
たとえば、不動産サイトで「広くてきれいな部屋」を見つけて内見に行ったとします。
ところが実際の部屋に立つと、写真ほどの広さも開放感もありません。広角レンズで撮られ、明るく補正された「枠の中の風景」が、頭の中に理想の部屋の絵をつくり上げていたのです。
SNSのタイムラインでも同じことが起きています。私たちはスマホの画面越しに「世界で起きていること」を知った気になります。けれど実際に見ているのは、誰かが切り取り、アルゴリズムに選ばれ、フレームに収められた風景にすぎません。
それなのに、私たちは「枠の中の風景」と「現実の風景」が同じだと無意識に信じ込んでしまいます。まさにキャンバスと、窓の外の景色が重なるように。
マグリットがこの絵を描いた1933年には、まだテレビも一般家庭に広く普及していませんでした。それから約一世紀。パソコンやスマホの画面越しで世界を見る現代の私たちにとって、この絵が投げかけるメッセージは、以前よりもずっと切実なものになっています。
「見ている」ことを見るためのマグリットの絵
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ルネ・マグリット《恋人たち》(1928年)
ニューヨーク近代美術館(MoMA)蔵。顔を布で覆ったまま口づけを交わす二人。触れているのに見えないという、不思議な距離感が漂う。(画像引用:The Museum of Modern Art 公式Instagram)
マグリットの絵が不思議なのは、何ひとつ隠していないところです。
キャンバスは画面の真ん中に堂々と置かれ、「これは絵ですよ」と見せつけている。それなのに、絵の風景と窓の外の風景を見分けることができません。
なぜなら、私たちも同じように世界を見ているからです。世界を「そのまま」見ているつもりでも、実際は頭の中でつくった絵を通して眺めている。
マグリットはその仕組みを、たった一枚の絵で暴いてみせたのです。もちろん何かのフレームを通さずに、世界を見ることはできません。けれど、自分がどんなフレームを通して見ているのかに気づくことはできます。
自分の足で現地へ行き、自分の目で確かめてみる。一冊の本を最後まで読んで、誰かが切り取った情報ではなく、自分の言葉に置き換えてみる。
少し時間はかかるかもしれませんが、それでも窓の外が本物かどうかを確かめたいなら、最後は窓を開けて、部屋の外に出るしかないのかもしれません。
