近年の急激なAIの進化により、医療現場は大きな転換期を迎えています。画像診断や情報処理の分野では、AIが人を上回る精度を示す事例も報告されており、「医療職の役割は今後どうなるのか」と不安を感じている人もいるでしょう。一方で、この変化は単なる代替ではなく、医療の価値そのものを再定義する動きとも捉えられます。診断や治療にとどまらず、健康や人生の質を高める「予防医療2.0」という考え方も広がりつつあります。今回は、医療・デジタル・情報発信の領域で活躍する畑拓磨氏・井上祥氏・加藤浩晃氏の3人が、AI時代において医療職に求められる力とこれからの予防医療のあり方、そしてその普及方法について鼎談しました。
畑拓磨氏(医師/Mediative株式会社代表)
総合診療医。Mediative株式会社代表として、病院・自治体・大学に対する広報、SNS運用、PR設計、採用ブランディング支援を行うほか、深瀬医院副院長・CMOとして病院運営にも携わる。東京都立病院機構が推進する東京総合診療推進プロジェクト(T-GAP)では広報・マーケティング支援を担当。あわせて、医療系インフルエンサー事務所「シンサツマエ(外部リンク)」を運営し、「正しい医療を、正しく伝える」ことを大切に、医療情報の社会への届け方を実践している。
井上祥氏(医師横浜市立大学共創イノベーションセンター特任准教授)
2009年横浜市立大学医学部卒。横浜労災病院初期研修医を経て2011年より横浜市立大学大学院医学教育学・消化器内科学。2014年株式会社メディカルノートを共同創設。2024年横浜市立大学共創イノベーションセンター特任准教授。2025年京都大学客員研究員、同年より株式会社GENOVA取締役執行役員。2008年北京頭脳オリンピック“WMSG”チェス日本代表。日本オリンピック委員会中央競技団体ドクターとして2013年仁川アジア大会チェス日本代表のアンチ・ドーピングを担当。2022年日本チェス連盟アンチ・ドーピングチーティング委員。 大阪大学招へい准教授。日本医療機能評価機構EBM普及推進事業運営委員。日本デジタル医学会理事、将来構想委員長。東京科学大学非常勤講師。横浜市立大学医学部同窓会倶進会理事。一般財団法人横浜総合医学振興財団理事など。
加藤浩晃氏(医師/デジタルハリウッド大学大学院特任教授/アイリス株式会社 取締役副社長CSO)
浜松医科大学卒業。AI、IoTなどのデジタルヘルスを専門とし、眼科遠隔医療も手掛けている。厚生労働省医療ベンチャー支援(MEDISO)アドバイザー、経済産業省Healthcare Innovation Hub アドバイザー、日本遠隔医療学会運営委員、遠隔医療モデル分科会長などを歴任。デジタルハリウッド大学院特任教授、東京科学大学臨床教授、千葉大学客員准教授、アイリス株式会社取締役副社長CSO。
AI時代に求められる医療職の役割とは?
畑拓磨氏:
生成AIの登場以降、医療現場を取り巻く環境は急速に変化しています。AI画像診断が専門医の診断精度を上回るとの報告が相次いでおり、生成AIによる退院サマリーの自動作成で医師の業務が大幅に削減された事例も出てきています。
情報発信においても変化は顕著です。AI検索の普及により、SEO(検索エンジン最適化)に代わる「GEO(AI上での露出を高める新たな戦略)」への転換が迫られています。自分やクリニックの情報をテキスト化してAIに認識させることが、医療職にとっても不可欠な情報発信施策となりつつあります。
こうした変化の中で求められるのは、AIに置き換えられる人材ではなく、AIとともに自身の価値を再設計する人材です。そのための戦略として、3つのステップが重要になります。
第1に、AIには代替できない「解くべき問いを自ら設定する力」を磨く論理的思考です。
第2に、3C分析(市場・競合・自社の3軸で自身の強みを把握するフレームワーク)で自分の希少価値を再定義し、自分にしかない強みを見極める力です。
そして第3に、見つけた強みをミッション・ビジョン・バリューとして言語化し、他職種やAIとの協働に活かす社会実装力です。
AIが台頭する時代だからこそ、人と人のつながりを生む「場の価値」が再評価されています。これからは「場の価値」につながるストーリーやコミュニティを持つ医療職が強い時代が来ると考えています。
デジタルとリアルの融合が医療情報発信の核心に―井上氏
井上祥氏:
私のキャリアの原点は、人間がAIに最も早く敗北した競技・チェスにあります。かつて“世界最強”の座に君臨していたチェスプログラム「Stockfish」。それが、人間の棋譜を使わずルールからの自己対局のみで進化した、Google傘下のDeepMind社が開発したAI「AlphaZero」に、わずか数時間の学習で敗北したという衝撃の事実があります。
医学部卒業後、研修修了時に進路を決めきれず医学教育学へ進んだ私のキャリアは、計画されたものではありませんでした。大学院で出会った「メディカルサイエンスコミュニケーション(医学をわかりやすく一般に届ける学問)」が転換点となりました。メディカルサイエンスコミュニケーションとの出会いこそが、その後15年間にわたる医療情報発信キャリアの原点であり、「情報は健康の決定要因である」という理念を原動力に活動を続けてきました。科学的に正しい情報を届けることは、医療を届けることと同義だと考えているからです。
また、医療を街に溶け込ませる取り組みや、自治体・学会との連携による医療情報のインフォグラフィック(情報をイラストや図表などを用いて整理し、視覚的に分かりやすく表現する手法)も実践してきました。その手法はナラティブなストーリーテリングを活用したコミュニケーションデザインなど多岐にわたります。現在は、デジタル・実際の人間関係・現場の融合こそが医療情報発信の核心だという考えのもと、リアルな接点を大切にしながら活動しています。

