「治す技術」から「生きる戦略」へ。予防医療の新定義―加藤氏
加藤浩晃氏:
日本眼科学会眼科専門医として約10年間臨床に従事した後、厚生労働省への出向を経験しました。その後、製品やサービスという形で医療の知見を社会に実装する「社会実装医」という働き方を切り開いてきました。私自身も開発に携わった、咽頭画像をAIで解析し、インフルエンザ診断を支援する医療機器は保険適用を実現しました。このほかにも、医療の知見を製品やサービスとして社会に実装する事業を多数共創してきました。
昨今の医療AIの進化は著しいものがあります。一例として、患者さん自身が症状を入力すると、医学文献や診療知識に基づいて診断候補を提示するプラットフォームも一般公開されています。
診断や治療方針の提案において、一部の領域ではAIが医師と同等、あるいはそれを上回る精度を示す報告も出てきています。
こうした状況から、医師の役割の変革は避けられないと考えています。
こうした不確実性の高い時代に、医療職が自分の役割を再設計するうえで参考になる考え方の一つが「エフェクチュエーション(Effectuation)」です。
カーネギーメロン大学のサラ・サラスバシー氏が提唱した意思決定の考え方で、目標から逆算するのではなく、「今の手元の資源から始める」という発想が核心にあります。
エフェクチュエーションの5つの原則は以下のとおりです。
①手元の資源を活用する②許容可能な損失の範囲で行動する
③出会いを通じた共創
④予想外を機会に変える
⑤コントロール可能な領域への集中
医師の役割は、問題が起こってから対処する事後対応から、問題を未然に防ぐ予防的関与へと変わりつつあります。これに伴い医療の定義も「治す技術」から「生きる戦略」へと転換することが重要だと考えています。病気になってから治すだけではなく、病気になりにくい状態をつくり、人生や仕事のパフォーマンスを最大化する。そのような「予防医療2.0」の実現に向けて、取り組みを続けていきたいと思います。
予防医療の普及を阻む“壁”をどう越えるか―三氏の見解
加藤浩晃氏:
予防医療への関心層は大きく3つに分かれます。積極的に行動する上位層、関心はあるが行動していない中間層、そして予防への関心がほとんどない多数派層です。多数派層への直接的な訴求は難しいため、まずは上位~中間層への集中アプローチが現実的です。地域特性やコストに応じて、アプローチの使い分けも必要になります。
畑拓磨氏:
大切なのは、予防医療と気づかせずに予防につなげる仕掛けだと考えています。たとえば動画配信を活用した健康啓発は、対人関係に不安を抱える人にも届きやすい手段の一つです。アニメキャラクターと健康診断を組み合わせた企画を立てた際は、受診すると声優が褒めてくれる仕掛けを設けました。このようなエンターテインメントを入口にしたナッジ(自然な行動変容を促す仕掛け)的アプローチが有効ではないかと考えています。
井上祥氏:
健康情報の発信には、国レベルのマクロな発信と、診察室でのミクロな対話という2つの層があります。これらに加えて重要なのが、病院やクリニックが地域に向けて発信する「メゾレベル(地域・組織単位の中間層)のヘルスコミュニケーション」です。地域ごとに異なる特性に合わせた情報発信こそが、予防医療を届けるための鍵になるのではないでしょうか。
加藤浩晃氏:
「予防医療」という言葉で伝えようとするから、かえって届きにくくなっている面があると感じます。医療従事者の言葉ではなく、生活者の視点に立って伝えることが重要です。病気を防ぐための我慢ではなく、人生や仕事のパフォーマンスを最大化するために医療の知見を活用する。その切り口こそが、より多くの人に予防医療を届ける鍵になるのではないかと思います。

