アンドリュー・ワイエス〈クリスティーナ・オルソン〉 1947年 テンペラ、パネル 83.8×63.5㎝ マイロン・クニン・コレクション、ミネアポリス Myron Kunin Collection of American Art, Minneapolis, MN photo: Curtis Galleries, Inc. ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
彼は故郷ペンシルヴェニア州や夏を過ごしたメイン州などの身近な風景や人々を精緻に描き出し、さらにそこに孤独や記憶など自らの内面を重ねていったのである。
そんなワイエスの没後初となる国内での大規模な回顧展が、4月28日から7月5日まで東京都美術館で開催されている。今回は、展覧会の様子と見どころを紹介しよう。
①アンドリュー・ワイエス
アンドリュー・ワイエスは、1917年、ペンシルヴァニア州の田舎町チャッズ・フォードで5人兄弟の末っ子として生まれた。体が弱かったために学校には行かずに家で教育を受けていた彼は、9歳頃から自宅近辺の自然などを題材に水彩画を描くようになる。
15歳頃からは挿絵画家である父から指導を受けるようになり、デッサンや解剖学などの基礎と共に、観察することの重要性を学んだ。
見たままを描くだけでなく、これまでに描いた記憶によって描くという教えは、ワイエスの「表現」を単なるモチーフの緻密な再現だけに留めなかった。周囲の空気の重さや流れを捉え、内面をも反映させる独自の手法へと昇華させていったのである。
さらに、17歳〜19歳にかけて、義兄からテンペラ画技法も教わった。西洋絵画で長く主流だった油彩に重さを感じていたワイエスは、テンペラ画の乾いた質感や緻密に塗り重ねていく技法にたちまち魅了された。
以来、テンペラ画と、水彩画の技法の一種「ドライブラッシュ」(筆に含ませる水分を極力減らし、絵の具をかすれさせて描く手法)は、ワイエス絵画の2本柱となっていく。
展覧会場の冒頭には、そんな彼の〈自画像〉が飾られている。
アンドリュー・ワイエス 〈自画像〉 1945年 テンペラ、パネル 63.5×76.2cm ナショナル・アカデミー・オブ・デザイン、ニューヨーク National Academy of Design, New York, USA/Bridgeman Images. ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
脇にスケッチブックを抱え、喉元まで上着のチャックを閉めた画家が自宅の周囲に広がる荒野を一人歩く姿が描かれている。その眼差しはやや神経質で、思いつめたような緊張が漂う。
周囲の草のしなりによって吹き抜ける風の存在がほのめかされ、背景の上半分を占める曇り空とも相まって見る者に静かな不安を抱かせる。遠景で翼を広げる鳥は、一人荒野を行くワイエスの内面と呼応しているようにも見える。
この〈自画像〉が描かれた年、ワイエスの父が甥と共に踏切事故で亡くなった。出来事はワイエスの心に深い影を落とした。
父はワイエスにとって偉大な庇護者であると同時に、越えるべき存在でもあった。しかし、その機会は唐突に断ち切られてしまう。まさに標のない荒野に一人残されてしまったのと似ているのではないだろうか。
自画像には珍しい横長のフォーマットを採用することで、ワイエスは画家としての自分だけではなく、自分を取り巻く荒野や孤独、創造の源泉となる「世界」をも描き出そうとしたのだろう。
ワイエス自身のマニフェストとも言うべき作品であり、この展覧会の冒頭を飾るにふさわしい一枚と言える。
②「境界」というテーマ
この展覧会のキーワードとなっているのは、「境界」である。ワイエスの作品には、窓や扉など「境界」を表すモチーフが繰り返し描き込まれる。それらはワイエスにとって自身の精神世界と外の世界、生と死をつなぐ象徴だったとされる。
例えば1986年の〈ヒトデ〉を見てみよう。
アンドリュー・ワイエス 〈ヒトデ〉 1986年 水彩、紙 72.7×54.0cm フィルブルック美術館、タルサ Philbrook Museum of Art, Tulsa, Oklahoma. Bequest of Marylouise Cowan, 2010.9.14. ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
簡素な室内の窓越しに、画家の妻ベッツィが双眼鏡を手にはるか彼方の海を見つめている。何を見ているの、と思わず話しかけたくなる。
窓の外に明るく爽やかな世界が広がる一方で、室内は薄暗く、窓枠の上に乗せられた乾燥したヒトデの存在が、生と死、内と外という二つの世界の隔たりを静かに際立たせている。
部屋そのものがワイエス自身の象徴だとするならば、窓は彼の目なのだろう。そう考えると、この〈ヒトデ〉自体が絵の形をとった私小説の一場面のようにも見えてくる。
アンドリュー・ワイエス 〈薄氷〉 1969年 テンペラ、パネル 110.2x121.9㎝ 株式会社三井住友銀行 ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
一方こちらの〈薄氷〉は、冬に凍結した水路を真上からクローズアップして描いている。氷の下には枯れ葉が幾重にも折り重なって沈み、ところどころに見える小さな気泡が水の流れを暗示する。
よく見ると、葉の一部がこちら側へとはみ出しているものもある。実はこの作品には、ワイエス独自の死生観が反映されていると解釈されている。確かに凍った水面の向こう側は、時の止まった死の世界のようにも見える。分厚く積もった木の葉はこれまでにワイエスが出会い、モデルとして描いた人々の姿とも重なる。
しかし、死と生とは明確に二元化されるものではない。常に隣にあり、戸口を風が通り抜けるように行き来するものである。それは、生と死とを切り離さず、自然の流れの中で捉える日本的な見方と通じるものがあるかもしれない。
