【闘病】「なぜ私が…」終わらない難病『SLE』の苦悩。理解されない孤独と母の不安

【闘病】「なぜ私が…」終わらない難病『SLE』の苦悩。理解されない孤独と母の不安

志塚さんは、20代のころから日光過敏や皮疹の症状を感じながらも、「アレルギーかな?」と深刻に考えることなく過ごしてきました。2017年、口腔内の良性腫瘍の手術入院をきっかけに、皮膚症状が急激に悪化。難病指定医のいる総合病院を自ら受診し、同年10月に「全身性エリテマトーデス(SLE/免疫系が誤って自分の体を攻撃してしまう自己免疫疾患の難病)」と診断されました。診断と同時期に子宮頸部高度異形成(子宮頸がんの前段階にあたる前がん病変)も発見され、1年のうちに2度の入院・手術を経験することになります。診断から約8年がたった今も治療を続ける志塚さんに、闘病の記録を聞きます。

※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年11月取材。

志塚さん

体験者プロフィール:
志塚亜紀子さん

1976年10月生まれ、埼玉県在住。診断時の職業は倉庫内作業(食品関係)のパート社員。2017年10月、全身性エリテマトーデス(SLE)と確定診断される。同年、子宮頸部高度異形成も発見・手術を経験。現在も治療を続けている。

最初は「アレルギーかな?」と軽く考える自分がいた

最初は「アレルギーかな?」と軽く考える自分がいた

編集部

初めに病気が判明した経緯について教えてもらえますか?

志塚さん

成人してから日焼けをすると、日差しを浴びた部分が赤く腫れて熱を持ち、水疱(すいほう)状のブツブツとした発疹が出てひどい痒みに悩まされていたので、なるべく日焼けをしないように過ごしてきました。2014年ごろから円板状皮疹(えんばんじょうひしん/皮膚が赤くなり円形や楕円形に表れる皮疹)や紅斑(皮膚の表面が赤くなる状態)が出ていましたが、もともとアレルギー体質なので「皮膚炎が出ているのかな?」と軽く考えていたんです。SLEを発症した2017年は、家庭内の環境が変わり、妻・母として大忙しで余裕のない年でしたね。

編集部

家族のために奮闘している最中に、体調に大きな変化があったわけですね。

志塚さん

はい。時を同じくして口腔内の良性腫瘍であるガマ腫(唾液腺の粘液が漏れ出してたまったもの)で急きょ入院と手術になり、そのころから日焼けとは関係のない皮疹が顔や体のあちこちに目立つようになりました。退院時に歯科口腔外科の先生から「ベーチェット病(全身のさまざまな臓器に炎症を引き起こす自己免疫疾患)の疑いがあるから皮膚科の受診をおすすめします」と言われ、自宅近所の皮膚科を受診しました。

編集部

そこで、SLEの診断が出たのでしょうか?

志塚さん

いいえ、当時は難病という病気や薬の知識がまったくなくて、ただ皮膚科の先生に言われるまま処方されたステロイド薬を飲んでいました。先生に「飲むのをやめましょう」と言われたらステロイド薬の服用をやめることを繰り返し、どんどん症状は多発してひどくなっていきました。そこで自分でいろいろ調べて、ステロイド薬は副作用も強く、急に飲むのをやめてはいけない薬だと知りました。「通っていた皮膚科では検査もなく正しい診断や治療ができていないのでは?」と疑問に思い、難病指定医が在籍する総合病院のリウマチ科にかかることにしたんです。

編集部

自分で行動を起こした結果、ようやく診断に結びついたわけですね。

志塚さん

そうですね。すぐに検査をしてもらい、2017年10月にSLEと診断されました。「ベーチェット病の疑いがある」と言われた際に「私は難病を患ったんだ」と漠然と覚悟みたいなものはできていましたが、その後3カ月間確定診断に至らずに症状は悪化をたどって、体のつらさとメンタル的な不安がとても強かったですね。ただ、確定診断されたときは、「やっと病名が分かった!」と安堵(あんど)感の方が大きかった気がします。

編集部

その後、治療はどのように進められたのでしょうか?

志塚さん

内臓の疾患が出ていなかったのと、ステロイド治療の影響で強く出ていた皮膚症状の状態を先生が診て、「ステロイド薬に副作用が出やすいのかもしれないからステロイド服用はせず、ヒドロキシクロロキン(SLEなどの治療に用いられる免疫調整薬)と塗り薬で様子を見ながら治療をしていきましょう」という説明の下、治療がスタートしました。

編集部

SLEの診断後、さらに別の病気も判明したと聞きました。

志塚さん

診断確定の直後に不正出血が長く続いたこともあり、婦人科を受診して検査をしたところ、子宮頸部高度異形成が見つかり入院手術になりました。難病になる前は大きな病気やけがなどもなく、妊娠・出産以外は入院や手術も経験がなかったので、1年の間にガマ腫と子宮頸部異形成の2回の入院と手術、そして難病発症と、立て続けに病気になったことは少なからずショックでした。

編集部

難病の治療とほかの病気の治療が重なることで、困難なこともあったのではないでしょうか?

志塚さん

ありました。SLEでは、免疫の暴走を止めるため免疫を下げるような治療を行いますが、子宮頸部異形成は、軽度などの初期段階で免疫が高い状態を維持できれば自然治癒できる可能性もある病気です。そのため、同時治療が難しくて……。日常から風邪や流行り病にならないように手洗いうがいをする、外出するときはマスクをする、体がつらいときや疲れたときはゆっくり休息を取るなどの基本的な対策を徹底しています。
「難病を悪化させないように気を付けながら、ほかの病気にもならないよう予防していく」。これが難病を抱えながら生きていく上で大事だと学びました。

病気のことをオープンにできる存在が治療の鍵

病気のことをオープンにできる存在が治療の鍵

編集部

闘病生活中、心の支えになっているものはありますか?

志塚さん

家族です。夫には、日頃から私の体のことを気に掛けてもらい、心身共に支えてもらっているので感謝しています。
息子には、大事な受験期にもかかわらず余計な心配を掛けてしまい、今でも申し訳なかったと謝りたいくらいですね。おそらく、「母親が病気」という事実を受け止めるのに時間がかかったでしょう。今はさりげなく心配してくれたり、体を気遣ってくれたりするありがたい存在です。

編集部

娘さんとお母さんのサポートも大きかったそうですね。

志塚さん

娘にも小さいころから寂しい思いや我慢も多くさせてしまったと思っています。いつも私の体調や病気の心配をしてくれていて、最近は、SLEやほかの難病のことを自分で調べながら、知識と理解を身に付けている様子に心が救われました。いろいろな面で頼れる存在です。そして、母には一番心配を掛けました。私が難病になったのは「自分のせいだ」と母は自分を責めていますが、私は母のせいだと一切思っていません。私が難病を発症して総合病院に通院していた当時、母は総合病院の警備の仕事をしていたため、心配事があっても病院に行けば母の顔がいつでも見られました。それが本当に心強かったことを今でも覚えています。

編集部

現在の体調はいかがでしょうか?

志塚さん

調子のよい日もあれば悪い日もあるという感じです。血液検査で白血球減少はありますが、「今のところは問題ない」と言われています。症状として、起床時の指の関節痛やこわばりは毎日あり、指以外にも関節痛や頭痛、倦怠(けんたい)感や疲労感もあります。年齢的なものもあるのか、最近はすぐに疲れやすくなった気がします。また、見える症状として顔に表れる皮膚症状や脱毛は憂鬱(ゆううつ)な気分になりますね。

編集部

リフレッシュになるような楽しみなどはありますか?

志塚さん

親子で一緒に踊ることですね。SLEになる前から、子ども2人が通っていた小学校のPTA団体で南中ソーランを踊り、親子で地域のイベントやお祭りに毎年参加していました。他県のよさこい祭りにも参加し、ソーランだけでなくよさこいにも興味を持っています。団体の解散や参加していたお祭りの終了が続き、踊る機会は減ってしまいましたが、現在も体調やけが、日光に気を付けながら踊りを楽しむようにしています。

編集部

もし昔の自分に声を掛けられるなら、どんなアドバイスをしますか?

志塚さん

「もっと自分を大切にして生きなさい!」ですね。「大したことない」「元気だから大丈夫」と過信するのではなく、心と体に素直になって、ささいなことでも自分を気遣っていれば違う未来があったかもしれません。

編集部

医療従事者に望むこと、期待することはありますか?

志塚さん

実は、SLEと診断してくれた最初の主治医を私の意思で変更してもらった経緯があります。治療開始2年たったころから診察で「あなたは軽いんです」と毎回言われるようになったからです。確かに私の症状は、内臓疾患もなく軽い方だと自分でも思っています。でも、治らない病を患っているんです。血液検査の結果や見解だけで診察をするのではなく、私たちの目を見て対話をし、耳を傾けてほしいと思います。

編集部

最後に読者へのメッセージをお願いします。

志塚さん

原因の分からない症状や不安に思うことがあれば、早い段階で病院を受診してください。診断や治療法など疑問に思ったときは違う病院を受診したり、主治医の変更を願い出たりするのも選択の一つです。
私もほかの難病を抱えている人たちも、病と共存しながら今を一生懸命生きています。発症当初は「何で私が難病に?」と自問自答を繰り返していましたが、時間をかけて私の一部として受け入れてきました。病気を理解してもらうことを諦めてしまっていた時期もありました。でも、今は信頼できる主治医、家族、友人がいます。理解する努力をしてくれた人たちがいるからこそ、私は少しでも多くの人にSLEを知ってもらうための努力をしていきたいと思っています。読者の皆さん、ぜひこの機会にSLEという病名を覚えてください。病名が広まること――それが私たち難病を抱える人たちにとっての大きな一歩となります。

配信元: Medical DOC

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