風呂場でふと触れた、気になる「しこり」。37歳のさくらいさん(仮称)は、違和感に気付いてからわずか3週間で乳がんと告げられました。ステージ2、ルミナールAという診断の下、乳房全切除術(がんがある側の乳房を全て切除する手術)と、ホルモン療法(女性ホルモンの働きを抑え、再発を防ぐ治療)を受けて治療を継続しています。発覚から告知、手術、そして仕事や生活との折り合いまで——さくらいさんに発覚から診断、治療、現在に至るまでの経緯について聞きました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年12月取材。
体験者プロフィール:
さくらいさん(仮称)
30代、山口県在住。2024年、37歳のときに乳がんと診断される。右乳房全切除術とホルモン療法による治療を継続中。日常生活の質を高めるセルフケアや運動習慣にも関心を持ち、自分らしく生きるための工夫を日々模索中。趣味は映画鑑賞で、月3回程度映画館に足を運び、作品の世界観に没頭する時間が心のリセットになっている。
「次回の診察には家族を呼んでください」
編集部
最初に違和感に気付いたのは、いつでしたか?
さくらいさん
2024年1月です。お風呂に入っているときに、しこりに触れる感覚がありました。「あれ?」と思いましたが、まさか乳がんだとは考えず、「何かのデキモノかな?」と軽い気持ちでいたんです。
もともと生理不順で経口避妊薬(ピル)を服用していたこともあり、数年前から乳がん検診も定期的に受けていました。検診で異常を指摘されたことはなく、ピルも処方され続けていたので、しこりに気付いたときも深刻には捉えていなかったんです。
編集部
受診から診断確定まで、どのような流れだったのでしょうか?
さくらいさん
かかりつけの婦人科から紹介されて、総合病院を受診しました。総合病院では検査を一からやり直し、その日のうちにCTとMRIの検査日が決定し、翌日には生検(病変部の組織を採取して顕微鏡で調べる検査)も決まりましたね。
検査を急かされるような感覚があり、あまりのスピードに「ただの良性腫瘍ではないな……」と感じていました。診断確定まで3週間ほどでしたが、結果を待つ間のもどかしさと心細さは今でも忘れられません。
編集部
「がんです」と告げられた瞬間の心境を教えてください。
さくらいさん
総合病院の初診の段階で、主治医から「次回の診察には家族を呼んでください」と言われたので、覚悟はできていたつもりでしたが、主治医の「がんです」という言葉を聞いたときは、やはり落ち込みました。頭では分かっていても、心のどこかで「やっぱり何でもありませんでした」と言ってほしかったのだと思います。
また、「ステージ2」と告げられたので、手術以外の治療法もあるのではと安易に考えていました。ところが、乳房の全切除術を勧められて再び落ち込みました。
編集部
診断された病名について教えてください。
さくらいさん
乳がん(ステージ2・ルミナールA)でした。ステージ2は「徐々に進行し始めた段階ではあるが、治療による改善が期待できる時期」、ルミナールAは「比較的進行が緩やかで、ホルモン療法での治療効果が期待されるタイプ」だと説明されました。
部分摘出の選択肢すらなかった
編集部
治療方針はどのように説明されましたか?
さくらいさん
「まず手術でがんを取りきって、そこから5年間の投薬治療を行う」という説明でした。私の場合は乳房に小さい腫瘍が複数あったため、乳房部分切除(乳房の一部のみを切除する手術)の選択肢はなく、全摘出の一択でした。
編集部
治療方針を聞いたときの心境はどのようなものでしたか?
さくらいさん
まず、「5年は長いな」と思いました。告知時点で私は37歳。そこから5年も、再発予防のために女性ホルモンを止めるなんて、自分の体はどうなってしまうのだろうと不安でいっぱいでした。
編集部
手術はどのように行われましたか?
さくらいさん
当初の説明のとおり、全切除術を受けました。告知から手術までは6週間、入院は1週間で、その間にリンパ転移もないことが分かりました。
入院から手術、退院までは予定どおりでした。ただ、術後は傷口付近の神経が過敏になってチリチリ痛んだり、手術側の腕が上がらなくなって半年間リハビリテーション(リハビリ)に通うことになったりと、乳がんそのものというより、手術の影響で不便を感じることが多かったですね。
編集部
術後の治療はどのように進みましたか?
さくらいさん
オンコタイプDX(乳がんの治療方針を決めるために使われる遺伝子検査の一つ)などの結果から、化学療法(抗がん剤治療)はしない方針となりました。現在は、毎日のタモキシフェン(乳がんの再発予防に用いられるホルモン療法薬)の服用と、半年に1回のリュープロレリン(女性ホルモンの分泌を抑える注射薬)、年に1回のCT検査というスケジュールで治療を続けています。
編集部
仕事の面で、印象に残った出来事はありますか?
さくらいさん
当時の勤務先の社長から、障がい者扱いされたり、服薬による更年期症状についてのハラスメント発言を何度も受けたりしました。今はその会社を辞めて求職活動中ですが、病気のことを伝えるかどうか、毎回悩みます。
これだけがんになる人の割合が増え、がん治療と仕事の両立を支援する制度も整ってきているのに、現場ではまだまだ認知されず、私のような目に遭う人もいる……。そのことを、制度を作っている人たちにも知ってほしいですね。
編集部
病気の前後で、自分の中で変化したことはありますか?
さくらいさん
「できないことを判別する」必要性が高まった気がします。病気の前は、気合いや根性で何とかなることが多かったですが、病気になってから、特に手術後は、重いものが持てない、腕も上がらない状況が続き、頑張ってどうにかなる問題ではないと考えるようになりました。最初は戸惑いも多く苦労しました。でも今は、周りを頼るか諦めるかの選択をするようになっています。
それから、「いつ、どんな病気になるか分からない」ということも学んだので、将来のことを心配するよりも、今日楽しいことを優先できるようになりました。自分の体の声に耳を傾ける習慣が身に付き、「今日はこれができた」と小さな達成感を見つけることが励みになっています。

