離婚届。
しかも、夫の名前はすでに記入されていた。
震える手で、私はさらに封筒の中身を取り出した。
すると、私と息子の悠斗それぞれに宛てた手紙が入っていた。
「ごめん。もう一緒にはいられないと思う。悠斗のことを頼んだ。」
短い文章なのに、重すぎて、息が詰まりそうになる。
「嘘でしょ……?」
その場にしゃがみ込んだまま、私はしばらく動けなかった。
どうしたらいいかわからず、私はすぐに両親に連絡した。
事情を話すと、父が恒一に連絡を取ってくれたが、応答はなかった。
何度電話をかけても、応答も折り返しもない。メッセージは既読すらつかない。
時間だけが、無情に過ぎていった。
「なんで……こんなことに……」
頭の中で、何度も同じ言葉がぐるぐると回る。
そして、その夜。
ようやく、恒一からメッセージが届いた。
《離婚届を出してほしい》
《マンションも解約するから、新しいところを見つけて退去してほしい》
あまりにも事務的な文章に、胸が締めつけられた。
「待って……無理だよ、そんなの……」
私はすぐに返信した。
《離婚なんてしたくない》
《ちゃんと話そう?》
しばらくして、返ってきた言葉。
《このままだと、怒りに任せて手を出してしまうかもしれない》
《だから、一緒にはいられない》
画面を見つめたまま、私は固まってしまった。
さらに続いた一文。
《離婚が無理でも、同居はできない》
並べられた拒絶の言葉に、胸の奥がすっと冷たくなるのを感じた。
「なんで……どういうこと?」
夫からのメッセージは、私や悠斗を守るために離れようとしているとも、家族という関係がもう限界だとも取れる内容だった。
私は夫の真意を汲めないまま、ただスマホを握りしめていた。
突然突きつけられた「離婚」
新天地に引っ越してきたばかりの夫婦は余裕がなく、小さなケンカを繰り返していました。この日も、些細な口論がきっかけでしたが、まさか離婚騒動にまで発展するとは思いませんでした。
事務的で、短い文章から夫の真意をくみ取るのは困難です。一方、夫は…。
【夫視点】あの夜のできごと
あの夜。
きっかけは、本当に些細なことだった。
里奈に何かを言われて、言い返して。
いつものように、ただの口論で終わるはずだった。
でも、そのとき。
頭の中で、何かが切れた。
言葉が、うまく出てこなくなる。
代わりに、別の衝動がじわじわと湧き上がってくる。
(……やめろ)
自分に言い聞かせても、止まらない。
(このままだと、まずい)
そう思った瞬間、体が勝手に動いていた。
荷物をまとめて、家を出る準備をする。
「ちょっと頭冷やしてくる」
それだけ言って、外に出た。
ドアが閉まったあと、しばらくその場に立ち尽くしていた。
戻るべきか、迷わなかったわけじゃない。
でも、あのまま中にいたら、何をしていたかわからない。
そう思ったら、戻ることはできなかった。
離婚という言葉を選んだのは、逃げじゃない。
そうしないと、守れないものがあると思ったからだ。
里奈も。悠斗も。そして、自分自身も。
一緒にいれば、きっとまた同じことを繰り返す。
だったら、離れた方がいい。
そう考えるしかなかった。
「……これでいいんだ」
もう一度、小さく呟く。
けれどその声は、自分でも信じられないほどにか細く、本心を映すように揺れていた。
些細な口論がきっかけでしたが、夫は自分の中に抑えることができない、黒い感情が沸き上がっていることに気づきます。妻に手を出してしまう前に、家を出たのです。
ですが、この決断は、本当に逃げではなかったのか…。夫の心の中も、複雑に揺れ動いています。

