まだ「介護」という言葉すらあまり聞かれなかったころのことです。教員をしていた母に代わり、私は母方の祖母に育てられました。入学式の付き添いや、風邪を引いたときの看病も、全部祖母がしてくれました。
大好きだった祖母の衰え
やさしいけれど、叱るときはとても怖かった祖母。そんな祖母が、85歳を過ぎたころから少しずつ体が弱り始め、90歳を超えたころには足腰が衰えてトイレにひとりでは行けなくなりました。
祖母は私と同じ部屋で寝ていたので、ポータブルトイレを置き、掃除など祖母の身の回りのことをすべて私が担当していました。朝起きた祖母はいつも、穏やかに「本日もよろしくお願いいたします」と笑顔で言ってくれました。その言葉に励まされながら、私は朝食のパンを焼いて食べさせ、体を拭き、薬を飲ませ、それから出勤する毎日でした。
大好きな祖母だったから
同居している兄も手伝ってはくれましたが、当時はまだ学生だったので、家計を支える仕事まではしていませんでした。そのことで口論になることもありましたが、両親も忙しく、祖母を見ている余裕はないようでした。施設という選択肢もほとんどなかった時代です。それでも、祖母は私にとって大好きな存在でしたし、私はまだ20代で体力もありましたから、なんとかやってこれたのだと思います。
あるとき、思い切って母に「1人暮らしがしたい」と打ち明けると、「誰がおばあちゃんの面倒を見るのよ!」と怒鳴られてしまいました。そのときはとてもつらかったのを覚えています。けれど、最期まで祖母のそばにいられたことは、今でもよかったと感じています。

