『ココ・アヴァン・シャネル』(2009年)シャネルは、制約から解放されたワードローブを世に送り出し続ける
参照:『ココ・アヴァン・シャネル』(2009年)
ココ・シャネル(本名ガブリエル・シャネル)は、フランスのファッションブランド「シャネル」の創業者です。孤児院で育ち、ナイトクラブの歌手やお針子として働きながら、世界のトップデザイナーへと登り詰めました。映画『ココ・アヴァン・シャネル』は、彼女が「シャネル」になる前の、愛と苦悩に満ちた日々を描いています。
ココ・シャネル(1931年)/Los Angeles Times, Public domain, via Wikimedia Commons.
「自立した女性の象徴」のように語られる彼女ですが、その根底には家族への不信や孤独、数々の挫折があったと思われます。男尊女卑の激しい時代、資産家エティエンヌ・バルザンの愛人になったものの、「男性の所有物」のような不自由な立場に退屈し、生きる手段としての労働を望みました。
そんな中、同じく孤独な境遇を持ち、働くことを理解してくれる実業家ボーイ・カペルと出会います。真実と思える恋に落ちますが、結婚は叶わず、ココ・シャネルは「誰の妻にもならない」と決断しました。
ブランドの代名詞となる、革新的なファッションの原点も登場します。バルザンの乗馬服をリメイクした、男装風のスタイル。カペルが気に入っていた、ジャージー生地のポロシャツ。そうしたプロセスを経て、彼女は機能的な「シャネル・スーツ」を生み出し、モードの帝国を築くことになりました。
ジャージー生地を婦人服の素材に採用したことで、シャネルは初めての成功を経験した。作者不明、シャネルのジャージーの服3点(1917年), Illustration published in Les Elegances parisiennes, March 1917, Public domain, via Wikimedia Commons.
『ココ・アヴァン・シャネル』では、バルザンやカペルとの恋愛模様に焦点が当たっています。その後の彼女に興味がある方は、ロシアの作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキーとの短い恋を描いた映画『シャネル&ストラヴィンスキー』(2009年)も鑑賞してみてくださいね。
『We Margiela マルジェラと私たち』(2019年)たくさんのランウェイにまだマルタン・マルジェラはいる
参照:『We Margiela マルジェラと私たち』(2019年)
フランス発のファッションブランド「メゾン・マルタン・マルジェラ」の創設者で、伝説のデザイナーであるマルタン・マルジェラ。ファッション業界に革命を起こしながらも、公の場に一切姿を現さず、2008年に突如引退したことでも知られています。
映画『We Margiela マルジェラと私たち』は、2017年に逝去した共同創設者ジェニー・メイレンスや、当時のクリエイティブチームのコメントから、ブランドの知られざる舞台裏に迫るドキュメンタリーです。
表参道のメゾン・マルジェラ, Public domain, via Wikimedia Commons.
「1人では成し遂げられなかった」と語るジェニーをはじめ、当時のスタッフたちは既成概念を打ち破るようなヴィジョンを共有し、まるで遊ぶように真剣に働くチームでした。日本の足袋からインスピレーションを得た名作「タビ」など、安いものでも独自の解釈でアップデートする才能は異彩を放っていたといいます。
参考:「タビ」のストーリー
ブランドの象徴である「4本の白いステッチ」は、斜めに配置された白いステッチで、ウェアやアクセサリーの外側にナンバリングロゴや無地のラベルを施したものです。ブティック経営の才覚を持つジェニーのアイデアに、マルジェラが賛同して生まれたものといわれています。
2005年秋冬 メゾン・マルジェラ「アーティザナル」トップス、ナイロンストッキング製 04, Public domain, via Wikimedia Commons.
匿名性を重んじ、メディアの前に顔を出さなかったマルジェラ。そのミステリアスな姿勢はスタッフの忠義心を高め、過熱するマスコミによって神秘化されていきました。しかし会社の規模拡大に伴い、情熱とビジネスとの両立に限界を迎えることになります。
本作では、周囲の「私たち(We)」の視点から、メゾンの激動の20年間が語られました。当時をもう一歩深く知りたいなら、マルジェラ本人がキャリアやクリエイティビティについて語った映画『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』もおすすめですよ。
