大事だった…友人とのおわりに涙があふれる
宏大を送り出したあと、しずかになった家の中で、私は一人で泣いた。
うしなったのは友人だけじゃない。彼女と一緒に過ごしたたのしい思い出や、おたがいの子どもの成長をよろこび合った時間。
それらすべてが、彼女の「きらいだった」という言葉でぬりつぶされてしまったことが、何より悲しかった。
「大事にしてたのにな…」
ポツリと独り言がもれた。 彼女の誕生日に、なやんでえらんだプレゼント。 彼女が体調をくずした時、お見舞いに行こうかと心配した夜。 それらは全部、私の独りよがりだったのだろうか。
だけど、まどから差し込む日を浴びながら、ふと思った。
私の善意をうけ取れなくなるほど、彼女は今、何かに追い詰められ、余裕がなかったのかもしれない。それは、彼女の人生の課題であり、私が背負うものではない。
私は深呼吸をして、涙をぬぐった。 もう、私の連絡先リストに彼女の名前はない。
それはとても寂しいことだけど、同時に、だれかの顔色をうかがいながら投稿をする必要も、会費の請求でおびえる必要もなくなったのだ。
あとがき:涙のあとに見えた「自由」という光
長年の友人をうしなうのは、自分の過去の一部をうしなうような喪失感があります。佳子さんが「私の善意は独りよがりだったのか」と自問自答するシーンは胸がいたみますね。
しかし、宏大さんの言うとおり、相手の心の余裕のなさまでは責任を持てません。大切にしていた関係だからこそ、悲しむだけ悲しんだら、あとは手放す勇気も必要です。窓から差し込む日が、佳子さんのあたらしい門出を祝福しているように感じられますね。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています
記事作成: ゆずプー
(配信元: ママリ)

