ドビュッシーは、音楽の中で何を溶かしたのか
ここでドビュッシーの《水の反映》を聴いてみてください。
クロード・ドビュッシー《水の反映》(ピアノ曲集《映像》第1集より)。
日本でも人気の高いピアニスト、チョ・ソンジンの演奏。
最初に気づくのは、曲がどこへ向かっているのかわからない、ということかもしれません。それまでの西洋音楽には、いつも中心となる一つの音がありました。
たとえばJ-Popのサビです。AメロやBメロがどれだけ展開しても、最後に必ずあのサビへ戻ってきます。その「帰ってくる場所」があるからこそ、聴き手は安心して身を委ねられるのです。
しかしドビュッシーは、その中心をあえてぼかします。音楽をどこにも着地させないまま、漂わせる。モネが水面と空の境界を溶かしたように、ドビュッシーは旋律と響きの境界を溶かしたのです。
高音の粒が水面に落ちる光のように散り、低音のうねりが水底のゆるやかな動きに重なる。音なのに、色が見える。二人がやっていることは驚くほど似ています。
ドビュッシー本人は納得していなかった
ここまで読むと、ドビュッシーは「音楽の印象派」という呼び名を誇らしく感じていたように見えます。
ところが当の本人は、この呼び方を心底嫌っていました。1908年、出版社への手紙にこう書いています。「私は"現実"を作ろうとしたのだ──愚か者どもが"印象主義"と呼ぶもの、あのこれ以上ないほど不適切な言葉で」。
なぜそこまで怒ったのでしょうか。モネは「見えるもの」を絵の中にそのまま残そうとしました。目の前の光を、見えた通りに描いたからこそ、「印象派」という名前をすんなりと受け入れたのです。
その一方、ドビュッシーは逆の方向性を目指していました。彼が親しくしていたのは印象派の画家たちではなく、マラルメやヴェルレーヌといった象徴派の詩人たちです。
ステファヌ・マラルメ(1842-1898年)。ドビュッシーが親しんだ象徴派詩人の一人。目に見えるものより、言葉にならない感情や気配を表現しようとした彼らの詩は、ドビュッシーの音楽観を深く方向づけた。, Public domain, via Wikimedia Commons.
象徴派は目に見えないもの、つまり言葉にならない感情や直感を表現しようとした人たちでした。たしかにドビュッシーの音楽を聴くと、水面の光や色が浮かんできます。
しかし本人がすくい取ろうとしていたのは、水面をわたる風の気配や、静かに過ぎていく時間の流れ、言葉にならない心の揺らぎなど、「形のないもの(目に見えないもの)」でした。「ぼかす」という同じ手法を使いながらも、二人には正反対の思想が宿っていたのです。
「印象派」というレッテルはその違いを丸ごと無視して、彼らを同じ枠に押し込めようとする言葉だといえます。だから、ドビュッシーは怒ったのです。
