心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、命の危険を感じるような出来事をきっかけに生じる精神疾患です。その出来事が何度もよみがえる、悪夢をみる、常に緊張して落ち着かないなどの症状が続くことがあります。本記事では、PTSDの診断基準、自覚症状、検査の内容や治療法を解説します。

監修医師:
前田 佳宏(医師)
・精神科/心療内科医
・精神保健指定医
「泣きたくなったら壁を押せ」著者
大人と子どもの双方で、トラウマや愛着障害に心理療法的アプローチを用いる医師。これまでのべ3,000人以上の臨床に携わる。
島根大学医学部卒業。その後、東京大学医学部附属病院精神神経科に入局、東京警察病院や国立精神神経医療研究センター等を経て、児童精神科外来を3年間、トラウマ専門外来を2年間担当。著書『泣きたくなったら壁を押せ』(サンマーク出版、2026年)では、心理療法のプロセスを物語として描き、私たちの感情の奥にある“適応の物語”をたどった。その視点をともに探る場として、オンラインコミュニティ「しなここメイト」を主宰。cotree顧問医。産業医。日本小児精神神経学会所属。
PTSDの定義と診断基準

PTSDの定義を教えてください
心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、生命を脅かすような出来事や重篤なけがなど、極めて大きな精神的衝撃を伴う経験によって発症する精神的な反応をいいます 。原因となる出来事を心的外傷的出来事と呼び、これによってさまざまな症状が引き起こされます。これらの症状が数週間以上持続し、日常生活に大きな支障を来す精神疾患です。
PTSDにはどのような診断基準がありますか?
PTSDの診断は主に二つの国際的な診断基準に基づいて行われます。精神疾患の診断・統計マニュアル第5版改訂版(DSM-5-TR)と国際疾病分類第11版(ICD-11) です。今回はICD-11による診断基準を解説します。以下を満たす場合に、PTSDと診断されます。
著しく脅威的または恐ろしい性質の出来事または一連の出来事を体験したことがある(直接体験、目撃、身近な方に起こったことを知る、など)
数週間以上症状が持続している
以下の3つのカテゴリすべてから、それぞれ少なくとも1つの症状を認める
カテゴリの具体的な症状は以下のとおりです。
カテゴリ 具体的な症状
再体験
心的外傷的出来事を単に思い出すだけでなく、今ここで再び起こっているかのように体験すること
心的外傷出来事を思い出すと強い苦痛や身体的な反応が起こる
心的外傷後出来事の記憶が侵入的に繰り返し思い出される
回避症状
心的外傷後出来事についての思考や記憶を避けようとする
心的外傷出来事を思い出させる状況、人物を避けようとする
心的外傷に関連する場所、会話、物などを避ける
脅威の感覚の亢進(常に警戒している状態)
過度な警戒心がある
些細な刺激にも過剰に驚く
現在進行中の脅威に対する感覚が高まっている状態が続く
これらの障害が、個人的、社会的な面などにおいて日常生活に大きな支障を来していることが必須です。
PTSDのセルフチェックはどの程度信頼できますか?
近年では、インターネット上でPTSDのセルフチェックの質問票などが利用できるようになりました。しかし、これらのセルフチェックのツールは、症状の傾向を把握できる可能性はありますが、診断することはできません。気になる症状がある場合には、できるだけ早く医療機関を受診するようにしましょう。
PTSDの自覚症状と受診サイン

PTSDの自覚症状を教えてください
PTSDの自覚症状はさまざまです。再体験は、心的外傷的出来事が、繰り返し心に突然よみがえる症状です。まるでその出来事が実際に起こっているかのように感じ(フラッシュバック)、強い恐怖や不安を伴います。その出来事に関連する悪夢を何度もみることもあります。回避症状は、トラウマに関して考えることや、思い出させる物事を意識的に避けようとする症状です。その出来事を思い出させるような場所、人物、状況、または会話を極力遠ざけようとします。脅威の感覚の亢進では、ちょっとしたことで過剰に驚くなど、危険の徴候に対して過度に敏感になります。強い警戒心を持ち、気持ちが張りつめて、眠れなくなることもあります。
また、抑うつ気分がみられることもあります。抑うつ気分は、絶望感・虚しさ・悲しみなどを伴う強い憂鬱な気分を指します。そのほかにも、集中力の低下、周囲の方や社会を信用できない、些細なことで怒りが爆発する(易怒性)などのさまざまな症状がみられます。これらの症状に加えて、解離症状がみられることもあります。解離とは、記憶や感情、自分自身の感覚が一時的に切り離されたように感じる状態です。具体的には、現実感が薄れる(非現実感)、自分が自分でないように感じる(離人感)、といった形で現れます。
PTSDに似ている症状が現れる病気はありますか?
PTSDと似ている症状が現れる病気は複数存在します。代表的なものが、急性ストレス障害(ASD)です。ASDは、強いストレス体験の後に起こる反応で、PTSDと症状はよく似ていますが、発症から1ヶ月未満でおさまる点が異なります。
また、うつ病も、睡眠障害、気分の落ち込み、などPTSDと共通する症状が現れます。ただし、うつ病は明らかな原因がないことが多く、PTSDは心的外傷経験が必須であり、再体験などの症状も異なります。
適応障害は、ストレスをきっかけに発症する点はPTSDと共通しますが、原因となるのは命の危険を伴う出来事ではなく、仕事や家庭など日常生活上の環境変化でも心身の不調が現れることがあります。
そのほかに、PTSDの強い緊張、動悸、過剰に驚くといった反応は、パニック障害や全般性不安障害などの不安障害の症状と類似しています。PTSDの症状は、特定の心的外傷体験に特異的に結びついているという点が特徴的です。また、PTSDの症状の一つに解離があり、解離性障害も鑑別となります。解離性障害は、この解離症状そのものが病気の中心となる点がPTSDとは異なります。
どのような症状が現れたら受診を検討すべきですか?
心理的なトラウマを伴うような出来事を経験した直後は、多くの方で精神的、身体的な症状が現れる可能性があります。
当時の出来事がよみがえり、思い出すと強い苦痛を感じる
怖い夢を繰り返しみる
眠ることができない
些細な音や刺激にも過剰に驚く
いつも緊張して落ち着かない
このような症状が1ヶ月以上続く、日常生活に支障を来たすなどの場合は、医療機関を受診しましょう。また、症状が強く、悪化するときは、1ヶ月を待たずに受診を検討します。

