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「猫は先に死ぬ。それでも一緒に生きたい」大学で震えていたトラちゃんとの出会いと別れ|小島和男

「猫は先に死ぬ。それでも一緒に生きたい」大学で震えていたトラちゃんとの出会いと別れ|小島和男

生まれたくなかった。でも、生まれてしまった。その感情から始まる哲学――反出生主義を研究する小島和男氏による新書『生まれたくなんかなかったのに それでも生きるための哲学』が5月27日に発売になりました。「生まれたくなかったのに、なぜ生きるのか」を問う本書より、「第4章 猫が先に死ぬのが辛い」の1回目をお届けします。

猫が先に死ぬのは辛いは当たり前

猫を飼っている人なら誰でも知っていることがある。猫は人間より大抵先に死ぬ。

猫の平均寿命は15年程度と言われている。完全室内飼いで健康に気を遣えば20年近く生きることもあるが、それでも人間の寿命には遠く及ばない。つまり、猫を飼うということは、その猫の死を看取るということだ。例外は、飼い主のほうが先に死ぬ場合だけだ(それはそれで大変なので気をつけましょう)。

犬も同じだ。犬の平均寿命は10年から15年程度。大型犬はもっと短い。ハムスターなら2、3年。金魚でも10年程度。ペットを飼うということは、そのペットとの別れを経験するということだ。これは避けられない。

私はこれまで何匹もの猫を看取ってきた。そのたびに、胸が引き裂かれるような思いをしてきた。「もう猫は飼わない」と思ってしまったことも一度や二度ではない。それでも、また猫と暮らしている。「はじめに」で紹介したように、今も2匹の猫と暮らしている。

なぜ、先に死ぬと分かっているのに、猫と暮らすのか。この章では、そのことについて考えてみたい。

キャンパスにいたトラちゃん

私が勤めている大学には、かつて「地域猫」がいた。キャンパス内で暮らしている猫で、桜猫会というサークルの学生たちが世話をしてくれていた。エサをあげたり、寒い日には段ボールで寝床を作ったり。私も手伝っていた。その中に、トラちゃんという猫がいた。トラ猫ではなかったのだが、なぜかトラちゃんと呼ばれていた。

桜猫会に入っていない学生たちもトラちゃんを可愛がっていた。しかし、問題があった。一部の無知な学生たちが良かれと思って、自分たちの食べ物をトラちゃんに分け与えていたのだ。から揚げとか、そういうものを。猫に人間の食べ物をあげてはいけない。調味料や油は猫の内臓に負担をかける。塩分も多すぎる。学生たちは知らなかったのだろう。善意でやっていたことが、結果的にトラちゃんの身体を蝕んでいた。

2020年、コロナ禍で大学が閉鎖された。キャンパスに人がいなくなり、桜猫会の学生がトラちゃんの世話をすることが難しくなった。私は、トラちゃんを家に引き取ることにした。獣医さんに連れていくと、内臓疾患があると言われた。長年の食生活のせいだろう。年齢もかなり高齢だった。正確な年齢は分からないが、10歳は確実に超えていた。

それでも、トラちゃんは私のところに来てから、とても幸せそうだった。冬はこたつに入り、私にべったりくっついて過ごした。大学のキャンパスで過ごした冬は、さぞ寒かっただろう。暖かい場所で過ごせることが、本当に嬉しそうだった。

トラちゃんは、私に対してものすごく恩義を感じているようだった。エサを食べるときも、「ありがたい」という感じで食べていた。いつも全力で感謝を伝えに来た。猫がそんなことをするのかと思うかもしれないが、本当にそうだったのだ。

ある日、ふるさと納税の返礼品でもらった高級な鶏のささみをあげたことがある。トラちゃんは一口食べて、びっくりした顔で私を見た。そしてもう一度、エサを見た。二度見である。猫も二度見をするのだということを、そのとき知った。あまりにも美味しかったのだろう。「これ、今まで食べてたのと全然違うんですけど」という顔をしていた。ちなみに、フグをあげたときはそこまでの反応ではなかった。好みの問題だろう。猫にも好き嫌いがある。当たり前のことだが、猫と暮らしていると、そういう当たり前のことに改めて気づかされる。

トラちゃんは、人懐っこい猫だった。大学のキャンパスで学生たちに可愛がられていたから、人間を怖がらない。むしろ、人間が好きだった。私が帰宅すると、出迎えてくれた。膝の上に乗ってゴロゴロ喉のどを鳴らした。リビングのこたつで一緒にゴロゴロして一緒にご飯を食べて、一緒に寝た。外にいた頃は、そんなことはできなかっただろう。冬の夜、コンクリートの上で丸くなって寒さに耐えていたはずだ。

雨の日は、濡れないように建物の軒下で過ごしていたはずだ。そんな生活から解放されて、トラちゃんは本当に嬉しそうだった。私も嬉しかった。トラちゃんが幸せそうにしている姿を見ることが、私の幸せだった。猫と暮らす喜びは、こういうところにある。猫が幸せそうにしていると、自分も幸せになれる。単純だが、それは本当のことだ。

しかし、トラちゃんとの生活は1年しか続かなかった。内臓疾患が進行し、トラちゃんは弱っていった。

死ぬとき、そばにいたかった。しかし、私がそばにいると、トラちゃんは頑張ってしまうようだった。苦しそうなのに、なかなか逝いかない。私の顔を見て、まだ生きようとしているように見えた。それが辛かった。獣医さんに相談して、安楽死させることも考えた。苦しんでいるのを見ているのは、本当に辛かった。しかし、決断できないまま時間が過ぎた。そして、私がちょっと離れた隙に、トラちゃんは逝ってしまった。

最期を看取れなかったことが、今でも心残りだ。でも、もしかしたら、トラちゃんは私に最期を見せたくなかったのかもしれない。猫は死ぬ前に姿を隠すと言われている。野良猫が死ぬ前に人目につかない場所に行くのは、敵に襲われないようにするためだという説もあるが、飼い猫でも死ぬ前に隠れようとすることがある。私がいなくなったタイミングで逝ったのは、トラちゃんなりの配慮だったのかもしれない。そう思うことにしている。

トラちゃんが死んでから、しばらくの間、家の中がとても静かに感じられた。猫がいないというだけで、こんなにも寂しいものかと思った。トラちゃんがいつも座っていた場所、いつも寝ていた場所、いつもエサを食べていた場所。そういう場所を見るたびに、トラちゃんのことを思い出した。

配信元: 幻冬舎plus

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