世界で10億人以上、日本でも2800万人以上にのぼる人が肥満に該当すると報告されています。その中でも治療が必要な「肥満症*」は糖尿病や高血圧、心血管疾患など多くの健康障害の基盤となる慢性疾患でありながら、「生活習慣の問題」「個人の責任」と捉えられがちで、適切な医療につながりにくい現状があります。こうした課題に対し、日本イーライリリーは、国立健康危機管理研究機構(JIHS)および国立循環器病研究センター(国循)と、肥満症対策を進めるための共同研究協定を締結したと発表しました。2025年10月に23の学会で構成されるワーキンググループと結んだ産学連携の取り組みに加え、今回新たに公的研究機関との協働により、研究・診療・教育・社会理解を一体で進める産官学連携体制の強化を図ります。2026年5月28日に東京都内で開かれた記者発表会(日本イーライリリー主催)では、各登壇者が連携の意義と今後の研究などについて説明しました。
*肥満症:日本肥満学会のガイドラインによると「BMI:25kg/㎡以上かつ肥満に起因または関連する健康障害がある状態で、医学的に治療が必要な慢性疾患」と定義されています。
三つの共同研究で肥満症治療の価値を多角的に評価

会見では、日本イーライリリー株式会社 研究開発・メディカルアフェアーズ統括本部 チーフメディカルオフィサー ダイアベティス・オベシティ・心・腎領域本部 本部長の坂口佐知氏が、共同研究の概要を説明しました。坂口氏は「肥満症は単なる体重の問題ではなく、全身の多くの臓器が長期にわたり影響を受ける慢性疾患です」と述べ、医学的根拠に基づく早期かつ継続的な介入の必要性を強調しました。
今回始まるのは三つの研究です。一つ目は、JIHSと国循を中心に、複数の国立高度専門医療研究センター(ナショナルセンター)や全国の医療機関に参加を呼び掛けて行う大規模な観察研究です。実際の保険診療のなかで肥満症治療薬がどう使われ、患者さんにどのような変化をもたらすかを、長期にわたって調べます。体重や代謝の指標といった臨床面の変化に加え、患者さん自身が感じる生活の質、さらに医療費のデータまで幅広く集め、肥満症治療の価値を多角的に評価する計画です。研究は5年程度かかると想定されていますが、可能であれば中間解析データの発表なども検討すると坂口氏は述べました。
残る2つは、肥満症がなぜ健康障害につながるのかを探る基礎研究です。坂口氏は「臨床のデータを創り出す研究と、疾患そのものを科学的に解明する研究、その両輪が必要です」と語りました。研究は特定の企業の製剤に限定せず、インクレチン製剤*を含む肥満症治療薬全般を対象とし、中立性を保ちながら進めるとしています。
*インクレチン製剤:消化管から分泌されるホルモン(インクレチン)の働きを応用した薬で、血糖や食欲の調節に関わります。
公的研究機関が挑む肥満症と腎臓/心臓疾患の関連
今回協定を締結した公的研究機関が行う二つの基礎研究については、質疑応答でそれぞれの研究者が意義を説明しました。

肥満症と慢性腎臓病のつながりを探る
一つ目の基礎研究を率いるのはJIHS国立国際医療研究所 糖尿病研究センター センター長の植木浩二郎先生で、腸内環境と慢性腎臓病(CKD)発症・進展メカニズムの解明と、肥満環境下におけるCKDの病理学的機序を研究します。植木先生は、肥満によってCKDの重症化リスクが高まることを指摘しました。遺伝子や臨床データの解析から、肥満症のある人は末期腎不全のリスクが高いことが知られているといいます。「最近はCKDの薬も登場していますが、それでもリスクは残ります。肥満症でなぜ重い腎臓病が起こるのかを、基礎研究で明らかにしたい」と述べました。
脂肪と心臓の「臓器連関」に着目
二つ目の基礎研究を担うのは国立循環器病研究センター研究所 心血管老化制御部 部長の清水逸平先生で、脂肪細胞が分泌するアディポカイン*が、肥満症における循環器疾患や臓器老化に与える影響を明らかにすることを目指します。清水先生は、肥満症によって高血圧や心筋梗塞、心不全、心房細動といった循環器の疾患が増えることがわかってきたと説明しました。一方で、治療薬はまだ限られています。注目するのは、脂肪と心臓がどうつながっているかといった「臓器連関」です。「脂肪からは体によいアディポカインも、悪いアディポカインも出ます。悪い働きをするものを抑えれば治療になるのではないかといったことや、遺伝子、タンパク質、代謝物質などを網羅的かつ大規模に測定・解析して新しい治療の標的を探すことを考えています」と語りました。
*アディポカイン:脂肪組織から分泌される生理活性物質の総称で、体に有益なものと有害なものがあります。

