話を聞かせてもらった田嶋さんは、11歳という非常に若い時期にベーチェット病を発病したあまり多くないケースです。闘病期間も非常に長いことから、ベーチェット病を抱える患者の悩み、具体的な症状、周囲に理解してもらうことの難しさなどを詳しく話してもらいました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年7月取材。
田嶋 沙由里さん
11歳の頃、陰部を中心とした重度の潰瘍が症状として現れた。家族に相談し、近隣の個人病院を受診するも原因不明と説明された。その後、大学病院で精密検査をおこなったところ、約6カ月後に「腸管型ベーチェット病」との診断を受けた。以後、4年間の入院生活を経て、30年以上にわたる闘病生活を続けている。
10代から30年以上闘病する人はほとんどいない
編集部
はじめに、田嶋さんの罹患したベーチェット病について、どのような病気か教えてもらえますか?
田嶋さん
ベーチェット病は難病指定もされている膠原病の一種で、代表的な症状は口内炎や性器部分の潰瘍、皮膚炎、目の炎症などがあります。また、そのほかにも関節炎や消化器症状、血管炎、神経症状など、全身に炎症症状が生じます。そして、私が診断された「腸管型ベーチェット病」は、特徴的な症状が乏しいタイプのベーチェット病です。ただ、小腸と大腸のつなぎ目である「回盲部」に生じやすく、下痢や血便、回盲部から近い性器の炎症や潰瘍が出やすいことから腸管型とされています。
編集部
田嶋さんがベーチェット病との診断を受けるまでの経緯も教えてもらえますか?
田嶋さん
ベーチェット病の明確な診断がついたのは11歳の頃です。陰部に重度の潰瘍ができ、誰に相談したらよいかわからず、妹に見てもらったところ、「性器部分の肉がなくなっている」と言われました。そこで両親にも相談し、近くの個人病院を受診しました。しかし、そこでは原因不明と告げられ、大きな大学病院を紹介してもらうことになりました。それからすぐに入院し、さまざまな精密検査をおこなった結果、半年ほど経ってから「腸管型ベーチェット病」と診断されたという流れです。
編集部
11歳の頃だとまだ幼い時期ですが、そのような人は多いのでしょうか?
田嶋さん
ベーチェット病は好発年齢が30~40代とされているため、私のように幼い頃にベーチェット病を発症する人はほとんどいないそうです。それから30年以上経過していますが、現在も症状の悪化と緩和を繰り返しながら闘病を続けています。
編集部
診断を受けたとき、治療についてはどのような説明がありましたか?
田嶋さん
発症当時のことで記憶している範囲ですと、腸管型の症状と陰部の潰瘍を改善するために股関節から注射をおこない、患部にコルヒチンという薬を直接噴射するという治療だったと覚えています。また、当時はステロイドの薬を最大で50mg、少ないときでも30mg内服していました。
編集部
一時期は入院が必要なほどだったと聞いていますが、かなりひどい状態だったのですか?
田嶋さん
とにかく激痛でした。特に陰部はガーゼを何枚も当てたとしても、そこから膿(うみ)があふれだすほどで、ガーゼを交換するだけでも激しい痛みを伴いました。動くことすらままならず、ガーゼ交換や身の回りの世話まで、すべて医師と看護師におこなってもらわなければなりませんでした。また、症状が落ち着いて一度自宅へ帰ってもすぐに再燃してしまい、自分や家族では消毒もうまくできないため、再び入院するということの繰り返しでした。
編集部
入院中の治療によって症状はどの程度改善したのでしょうか?
田嶋さん
痛みや膿は一時的に大きく改善し、外泊や退院も可能になったこともありましたが、2週間ほどで症状が再燃し、再入院というループを4年間繰り返していました。
編集部
10代前半という多感な時期ですが、学校はどうしていたのですか?
田嶋さん
学校は体調のよいときには通っていたのですが、入院期間が長かったため、通えないことのほうが多かったです。当時は自分の入院体験もあって、「看護師になりたい」という夢があり、幸いにも高校は合格できました。
編集部
4年間の入院を経てから、その後入院することはあったのでしょうか?
田嶋さん
幸い、その後は症状が出ることはあっても、入院するほどの劇的な症状が出ることはありませんでしたので、高校も3年間通うことができました。
編集部
病気が判明したときの心境についても伺えますか?
田嶋さん
当時は11歳だったこともあり、ベーチェット病という病気自体がよくわかりませんでした。それよりも学校に行けず、この先もずっとこの病気と闘っていくしかないという現実のほうがショックだったと思います。そして、私以上に母が大きなショックを受けていました。医師からは「ステロイド治療の影響で子どもも産めなくなるかもしれない」と言われたことも影響が大きかったのだと思います。
今でも病気を誰かに伝えるのは難しい
編集部
ベーチェット病と診断されたときのことについて聞きます。11歳で発症するまでは、全く症状はなかったのでしょうか?
田嶋さん
振り返ってみると、小さい頃から口内炎ができやすい子どもだったと思います。特に陰部の潰瘍ができる1年くらい前からは、口内炎が一度に10カ所以上できることもあり、子どもながらに「おかしい」と思うことはありました。それが普通の口内炎ならともかく、口内炎同士がくっつき、大きな口内炎になっていたので、「ただの口内炎じゃないのでは?」と感じていました。
編集部
発症から4年間の入退院生活の後、学校生活はどうでしたか?
田嶋さん
じつは、入退院中も含めて、誰にも病気のことを話したことはありませんでした。10代という多感な時期だったこともありますが、学校生活でも人の目を気にしながら生活していました。そのため、消毒用や痛み止めの薬などは、人目を避けながら使用していました。高校時代は症状を抑えるためのステロイドと、痛み止めの薬を使用しながら通学し、1カ月に2度の診察を友達にも伝えずに続けました。
編集部
今でも誰にも伝えていないですか?
田嶋さん
家族と親友を除いて、職場の人にも誰にも伝えていません。ベーチェット病は見た目では健常者と変わらないことで理解を得にくいうえ、私の場合は炎症や潰瘍のできる場所がデリケートなこともあり、伝えるのは憚られたからです。たとえば、自覚症状として関節痛や倦怠感などがあっても、それは周囲からはわかりません。ベーチェット病は認知度の低さもあって、理解を得るのが難しい病気だと感じています。
編集部
闘病生活はつらいことが伝わりますが、心の支えは何でしょうか?
田嶋さん
私にとって、子どもたちの存在は大きいです。治療を始めた当初、子どもは無理だろうと言われていましたが、結婚してから2人の子どもに恵まれました。自分自身諦め半分だったこともあり、子どもの存在は病気と闘うことへの力になっています。ほかには、ヨガとお酒での気分転換も大切でした。本当は、お酒はベーチェット病によくないのですが、一時期仕事のことでうつになった時期があり、そのときにお酒を飲んだら少しだけ和らげられたためです。今でもときどき、適度に飲んでいます(笑)。
編集部
もしも病気を発症したときの自分や過去の自分にアドバイスできるなら、何を伝えたいですか?
田嶋さん
痛みがあって学校には思うように通えませんでしたが、たとえつらくても目指していた看護師になってほしいと伝えたいです。それと、当時は病気のことを周囲には伝えられなかったので、もっと伝えてもよかったと思います。
編集部
現在の体調や状況も教えてもらえますか?
田嶋さん
日によって痛みや症状の出る場所が全く変わります。特に関節痛は足首だったり、手首だったり、痛みの場所が変わるので体調を維持するのも大変です。自分が受けたストレスの度合いによっても症状が変わるため、外的な要因でのストレスを作らないようにしています。また、私は悩みやすい性格なので、なるべく悩まないように意識を切り替えたり、疲れたときはベッドで休んだりするようにしています。また、ステロイドの影響で骨粗しょう症になっており、骨の密度は70代と同じ程度と言われました。くわえて、今でも全身のいたる所に関節痛、10カ所以上の口内炎、倦怠感などの症状が出ることがあります。本当はステロイドの増量で対応してほしいのですが、効果も限定的なため、免疫の暴走(TNFαという炎症物質)を抑える薬の追加になっています。
編集部
出産・育児も経験されましたが、妊娠中や授乳期間中の治療はどうしていたのですか?
田嶋さん
妊娠中は胎児への影響を考慮してステロイドは使用できません。そのため、産前・産後は急激に症状が悪化しました。そのため、産後はステロイドを20mgに増量して対応しました。ただし、ステロイドを使用すると母乳での授乳はできないため、粉ミルクで育児をすることになりました。

