「たしかに被害者の証言は具体的で詳細です。これに対して被告人の証言は、弁解も含め不自然という印象を持った人もいるでしょう」
判決前の最終弁論で、弁護人が裁判員に向けてそう語り始めた──。
裁判は、元夫が元妻に対する不同意性交致傷などの罪に問われた事件。広島地裁は6月4日、被告人に拘禁刑8年を言い渡した。
弁護人自身も認めたように、法廷での被告人の証言には不自然さが目立っていた。(ライター・小川たまか)
●被害者は「眠っている間に殺してほしい」
被害に遭った元妻Aさんが語った事件当日の状況は、罪名から想像される以上に壮絶だった。
判決では、タオルで首を絞める暴行や、「自殺か他殺か選べ」といった脅迫が認定された。さらにAさんは、性行為を強要された後も、自分は殺されるのだと覚悟していたと証言した。
行為が終わると、起き上がることさえ被告人を刺激するのではないかと考え、「起き上がってもいいですか」と尋ね、許可を得てから体を起こしたという。
そのうえで「(殺すつもりであるなら)私が眠っている間に殺してほしい」「その前にタバコを吸いたい」と頼んだ。
Aさんによると、被告人は「酒でも飲めば眠れるのでは」と言い、ウイスキーのストレートを差し出した。
その後、促されてベッドに横になると、被告人は「死んだ後、子どもが困るだろうからパスワードを教えろ」と要求したという。
Aさんはこれを拒み、「最後に子どもに連絡したい」と乞うたが、認められなかった。
こういったやり取りの最中、Aさんの親族からの通報を受けた警察が駆けつけた。
●「もしも民事なら……」弁護人が訴えたこと
弁護人は、事件後にAさんが部屋でタバコを吸い、酒を飲んだ点について「額面通り受け止めるには簡素な説明」で「精神的な見地からの見解があってしかるべき」だと主張した。
実際、性犯罪事件では、被害者が加害者に迎合するなど、一見すると不合理にも映る行動について立証されず、被害者証言の信用性が否定された例もある。
もっとも、今回の事件では、被告人がスマートフォンで録音していた音声に脅迫の言葉が残されていたほか、暴行・脅迫があったとするAさんの証言と矛盾しない証拠も複数あった。
そのため、被害後の状況そのものが争点になることはなかった。
一方で、性犯罪事件では証言以外の客観的な証拠が乏しいケースも少なくない。理解されづらい被害者の被害後の心情や行動については、丁寧な説明と立証が重要になる。
いったん被害者証言の信用性が否定されれば、被告人の証言に多少不自然さや矛盾があっても、「疑わしきは罰せず」という刑事裁判の原則から、有罪に至らないこともある。
冒頭で紹介した弁護人の言葉は、こう続く。
「もし民事なら、その印象をそのまま判決としてもいいかもしれない。しかし刑事裁判は、もっともらしくないほうを有罪にするのは間違いです。『疑わしきは罰せず』の基本原則を思い出してください」
弁護人は裁判員に対して、繰り返し「疑わしきは罰せず」の原則をうったえた。

