3月発売以来、多くの方に読んで頂いている旅エッセイ『ある日、逗子へアジフライを食べに』。この度、著者の大平一枝さんとラジオDJ・ナレーターの秀島史香さんの対談が東京・下北沢の書店B&Bで行われました。以前から親交のあるお二人が、それぞれの旅エピソード、仕事と旅の類似点など、さまざまに語り合い、大いに盛り上がりました。まずは前編です。
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「いい定食屋さんはアジフライが美味しい」という法則
秀島 今日、久しぶりに下北沢に来ました!
大平 どれくらいですか?
秀島 半年くらいでしょうか。割とよく来てますね(笑)大平さんの「島」ですよね。
大平 「島」はちょっとおこがましいですが、このあたりに住んでいまして。自転車で5分くらい。秀島さんのご出身は茅ヶ崎ですよね。
秀島 はい。小さい頃は海で遊び、社会人になっても辛いことがあると海に行き。永遠に心にあるという感じでしょうか。
大平 実は最初、この本のタイトルは『ある日、茅ヶ崎へアジフライを食べに』だったんです。
秀島 えー!
大平 海沿いにアジフライが美味しい食堂があって、連載の第1回目にそのお店のことを書いたんですが、勝手に私、茅ヶ崎だと思い込んでいて。「そういえば……」と念のために調べたら逗子だったんです。
秀島 いやー、茅ヶ崎の人間から言わせて頂くと、ぜんぜん違います(笑)ただ、同じ海域と言いましょうか、湘南というエリアで、みんな仲間ではありますよね。
大平 よかった。その回、実は特攻後続隊にいらした女性を取材することになって、そのあとの旅について書いたものなんです。特攻後続隊は戦争末期に立ち上げられた民間の軍事組織で、女性もそれなりに参加していたようです。中途半端な姿勢では聞けないし、取材の後でぜったいくらうだろうな、色々考えさせられるだろうなと思い、「何か楽しいことを付けたい」と思った。
秀島 なるほど。
大平 その後、何度かお話を聞く機会を得ました。それと、以前『そこに定食屋があるかぎり』という本を書いた時に発見したのが、「いい定食屋さんはアジフライが美味しい!」ということ。何て言うんでしょうか、白身が厚くて、油も酸化してなくて中がふわふわ。湘南育ちの方にとって、アジフライってどうですか?
秀島 我々、舌が肥えてますよ~。地の利と言うのでしょうか、獲れたてをすぐジュワっと揚げてくれるというのは何にも勝りますよね。本当に美味しいもので。私、連載で読んだ時に「あのお店かな?」って大平さんにご連絡したんですよね。
大平 そうそう、頂きました。違ったんですよ(笑) でも「じゃあこのお店ですか?」というご連絡も頂いて。やっぱり湘南の方ってアジフライのお店に詳しいなと思いました。
秀島 ところで、大平さんの第一印象を少しお話してもいいですか?
大平 もちろんどうぞ。怖いですが(笑)
秀島 大平さんの人気連載「東京の台所」は、その方の台所を通じて、人生の機微に触れていくという大人気シリーズですが、その心の襞の掬い方というのでしょうか。素晴らしいじゃないですか。だから、とても繊細なイメージを浮かべながらお会いしたんですね。でも、とても楽しい、気持ちのいい方で。
大平 きっと想像と違いますよね。分かります。だいたいがっかりされる(笑) ただ、はじめましての方の、ましてやお宅に伺ってお話を聞くわけですよね。しかも、これまでの歩みをお話頂いたり、心を開いて頂くことが必要になる。そうなると、半分図々しいくらいの明るさ、オープンさってすごく鍵になると思うんです。
秀島 私自身もラジオDJという仕事柄、初対面の方に色んなお話を聞くのですが、こちらがもじもじしていてもしょうがないので、すごくシンパシーを感じます。
気軽に旅に出ることを「けしかけてくれる」本
大平 私、こういう取材って、限られた時間の中での「出会い」だと思うんですが、この本の、そして本日のテーマである「こたび」にもつながってくるなと思うんです。「こたび」は私の造語なのですが、予定を詰め込み過ぎず、翌日に疲れを残さない、でも非日常にトリップできるような旅をイメージしています。ちょっとした隙間の、限られた時間であっても、豊かなひとときを過ごそうといいますか。
秀島 いや、これ本当に読みながら思ったんですけど、困るんですよ、旅に出たくなりすぎる(笑) しかも、海外というわけじゃなく「今だったら鎌倉行けるかな」くらいの、この瞬間どこにでも行けるんだっていうような。いい意味でけしかけてくれるんですよね。
大平 けしかけてましたか(笑)
秀島 今日、下北沢駅からこのB&Bに来たのですが、すごく良い感じの遊歩道じゃないですか。夕暮れ時で、空も刻一刻と変わって行く中で、素敵なお店もあって、皆さんが1日の終わりに乾杯していたり。そういう景色を見ているだけでも、「これは小さな旅をしているなあ」って思いました。
大平 本当に。旅ですよね。
秀島 それから、本書で好きだなと思ったのが、お店の名前がほぼ書かれていないこと。これもひとつの楽しみなのかなと思いました。色々なヒントが散りばめられているので、本気で探そうと思えば、多分見つけられるんですよ、クロスワードを解くように。でも、具体的な店名がないことで、旅をしている時の気持ちとか、雰囲気とか、そういうものを重ね合わせて楽しめる余白があるんですよね。
大平 まさにそうなんです。たとえば、このアジフライのお店は逗子の「まるわ食堂」というところなのですが、でも、きっと色んな場所に、読者の皆さんにとっての「まるわ食堂」があると思うんですよね。私が訪れたあの午後の、空が群青色でちょっと濃淡があり、風の匂いがして、そこで頂くアジフライやお店の雰囲気……とか。
秀島 立ち上がってくるものというのでしょうか。この本を読みながら、それぞれの旅を思い出したり、またひとつ行き先が増えたり、そういうことがたくさんあるんじゃないかと感じました。

