空気が変わったあとに残ったもの
その言い方はどこまでも穏やかで、だからこそ皮肉が際立っていました。すると逃げ場のなくなった若い男は、乱暴にスマホをポケットに突っ込み、ガタンと音を立てて立ち上がると、その拍子にバランスを崩してよろめき、転びそうになりました。
「誰も『大丈夫ですか?』なんて声はかけませんでした。さっきまでの彼と同じように」
若い男性は、居心地の悪さに耐えきれなくなったのか、そのまま次の駅で逃げるように降りていったそう。
ドアが閉まると同時に、張り詰めていた空気がふっと柔らかくなります。
例の男性はすぐに表情を緩め、先ほどまでの司会者の顔をすっと消し「どうぞ」と、穏やかな声でおばあさんに席を譲りました。おばあさんは何度も頭を下げながら「本当にありがとうございます」と感謝を伝え、ゆっくりと席に腰掛けたそう。
「その光景を見て、私は胸の奥がすっと軽くなるのを感じました。もしかしたら、この独特な男性はただ者ではないのかも? とちょっとワクワクしちゃいましたね」と微笑む由依さんなのでした。
<文・イラスト/鈴木詩子>
【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop

