通院が難しくなったときの選択肢の一つが、自宅で医療を受ける「在宅医療」です。高齢化に伴い注目を集めているトピックですが、「在宅医療の実情についてよく分からない」「実際何をしてくれるのか?」 と疑問を感じている人も多いのではないでしょうか。本記事では、医療法人明医研ハーモニークリニックの市川聡子先生に、在宅医療の役割について詳しく聞きました。
※2026年4月取材。

監修医師:
市川 聡子(ハーモニークリニック)
医療法人明医研理事長。総合診療を専門とし、プライマリ・ケア、認知症ケア、緩和ケアに精通。同法人のハーモニークリニックで外来や訪問診療をおこなう傍ら、大学医学部での講義や医学生・研修医の指導にあたっている。日本専門医機構認定総合診療専門医、日本専門医機構総合診療専門研修指導医、日本プライマリ・ケア連合学会認定プライマリ・ケア認定医・指導医、慶應義塾大学医学部客員講師、埼玉医科大学医学部非常勤講師。
在宅医療って何をしてくれるの?
編集部
そもそも「在宅医療」とはどのような医療なのでしょうか?
市川先生
病気や加齢などにより通院が難しくなった人に対して、自宅や施設に医療スタッフが訪問し、診察や治療、療養支援を行う医療です。通院せずに医療を受けられるだけでなく、患者さんの生活や家族の介護状況など、周囲の環境も踏まえて療養生活を支える点が大きな特徴です。
編集部
どんな医療を提供しているのですか?
市川先生
在宅医療で行う内容は、慢性疾患の管理や退院後の療養支援、がんの緩和ケア、医療的ケアが必要な子どもへの対応など多岐にわたります。食事や排泄、睡眠、体の動きなどの日常生活にも目を向け、どのような支援があれば自宅での生活を続けられるかという点にも関わります。
在宅医療というと医師の訪問診療を思い浮かべる人が多い傾向にあります。しかし実際には、訪問診療のほか、訪問看護、訪問リハビリテーション(以下、リハビリ)、訪問薬剤管理なども含めた「チームで支える医療」です。「通院が難しくなってきたときに医療をどう続けていくか」という選択肢の一つとして考えてください。
編集部
在宅医療では、病院と同レベルの治療を受けられるのですか?
市川先生
人工呼吸器の管理や酸素投与、胃ろうや中心静脈栄養(心臓に近い太い静脈から、高カロリーの点滴で栄養を補給する方法)を含めた栄養管理、医療用麻薬の処方・調整、胸水や腹水を抜く処置など、さまざまな医療を自宅で行えます。一方で、CTや内視鏡などの高度な検査、手術、集中的な治療が必要な場合には、病院での対応が必要です。
在宅医療と病院での医療はどちらか一方を選ぶものではなく、普段は自宅で過ごしながら、必要なときに病院で検査や治療、入院を行う形で役割分担しています。
在宅医療に関わる人は、どんな職種の人たち?
編集部
在宅医療には、医師以外にどのような人が関わるのですか?
市川先生
訪問看護師、薬剤師、理学療法士などのリハビリ職、歯科医師、管理栄養士、ケアマネジャー、介護職など、さまざまな職種が関わっています。それぞれが専門性を生かしながら連携し、チームとして患者さんを支えています。
編集部
医師と訪問看護師は、どのように役割が違うのでしょうか?
市川先生
医師は、診断や治療方針の決定、薬の処方や処置など、医学的な判断や対応を担います。患者さんや家族の希望を確認し、状態や生活状況を踏まえながら、どのような治療を行うかをともに考え、方針を決めていく役割です。
一方の訪問看護師は、生活の中での様子や変化を捉えながら必要なケアを行います。医師の指示のもとで医療処置を行い、その効果や変化を確認するとともに、病状の変化を見極めて医師に共有し、早期対応につなげる役割を担っています。また、患者さんの生活全体を見ながら日常生活の支援や不安に寄り添い、ほかの職種と連携しながら在宅療養を支えます。
編集部
医師や訪問看護師の役割を具体的なシーンで教えてください。
市川先生
例えば、心臓病の患者さんがいるとします。訪問看護師は、日々の訪問のなかで体重やむくみ、呼吸の様子、食事や活動量などを確認し、心不全が悪化しないよう体調管理や生活面の助言を行います。そのなかで、「先週と比べて体重が増えている」「動いたときにいつもより息苦しそうにしている」など、患者さんの変化にいち早く気づきます。血圧や酸素の状態、聴診所見、むくみの有無などを確認したうえで心不全の悪化が疑われると、医師に速やかに報告します。
医師はその情報を踏まえて診察を行い、これまでに話し合ってきた患者さん本人や家族の希望も考慮しながら、自宅での服薬調整で対応できるか、あるいは入院が必要かを検討します。
編集部
薬剤師は、在宅医療でどのように関わるのですか?
市川先生
薬剤師は、服薬状況を確認しながら、患者さんの生活に合わせて無理なく薬を使えるよう支援します。薬の飲み合わせや副作用の確認に加え、生活状況や認知機能、薬の管理を患者さん自身で行えるかという点も把握し、実際にきちんと服薬できているかを見ていきます。そのうえで、飲み忘れを防ぐ工夫や一包化(複数の薬を1回分ずつ1つの袋にまとめること)の提案などを行い、患者さんの生活に合わせた形で服薬を支えます。また、必要に応じて医師に情報を共有し、薬の調整につなげていく役割も重要です。
編集部
リハビリ職はどうでしょうか?
市川先生
リハビリ職は、患者さんの状態や自宅の環境に合わせて、日常生活に必要な動作の維持や機能回復に向けた支援を行います。無理のない範囲での訓練や助言を行いながら、その変化を医師やほかの職種と共有し、支援につなげます。また、患者さんの病状や体力に応じて目標を設定し、「その人にとってよりよい状態をどのように目指していくか」を一緒に考えます。
編集部
そのほかにも、多くの専門家が関わるのですね。
市川先生
歯科医師は口腔ケアや嚥下(えんげ:口の中のものを飲み込むこと)機能の評価・支援に関わりますし、管理栄養士は病状や生活に合わせた食事・栄養管理を支援します。そして、在宅医療を支える職種として、ケアマネジャーや介護職も重要な役割を担っています。このように、多くの職種が関わることで在宅医療は成り立っています。患者さん一人ひとりで必要な医療や支援の形は異なります。そのため在宅医療では、「自宅でどのように生活を続けていくか」を一緒に考えながら、その人に合った支援を組み合わせていく姿勢が大切だと考えています。
編集部
在宅医療のチームは、どのように連携しているのでしょうか?
市川先生
日々の連絡には、電話や連絡ノートに加え、最近ではアプリなどの情報共有ツールも活用しています。また、定期的なカンファレンス(関係者が集まって行う会議・打ち合わせ)を通じて、患者さんの状態や支援の方向性について話し合い、チームとして認識を共有します。このように、それぞれの職種が得た情報を持ち寄り、共有しながら支援を組み立てていく体制が、在宅で安心して療養を続けるための大切な土台です。

