“普通”に見えていただけだった
そんなある日、放課後は家で過ごしている子のママと話す機会がありました。娘の様子を何気なく話すと、相手はアッサリこう言ったのです。
「単純に、体力的にきついんじゃない?」
何気ないその言葉にハッとしました。
民間学童へ通い続けている子たちは、毎日当たり前のように通えているように見えていました。だから、「普通なんだ」と思い込んでいたのです。
けれど実際には、“無理なく続けられる子”が残っていただけなのかもしれません。
彼女が通っている民間学童には、決まった時間に勉強するカリキュラムもあります。学校で頑張ったあと、さらに集団の中で過ごし、勉強までこなす生活は、本人にとって想像以上に負担になっていたのでした。
今思えば、ママ友の言葉はとてもシンプルです。けれど私は、“周りもやっているから”という気持ちに引っ張られ、娘の限界を見落としていました。
「安心できる場所なら大丈夫」
そう思い込んで、結果的に無理をさせてしまっていたのかもしれない。そう気づいたとき、申し訳ない気持ちになったのです。
娘に合ったペースを選んだ結果
その後、思い切って学童を週3日に減らしました。
空いた日は家でゆっくり過ごしたり、好きだったスイミングへ通ったりすることにしたのです。
すると、少しずつ癇癪は減っていきました。朝の登校しぶりも以前ほど強くなくなり、表情がやわらかくなっていったのです。
私はそこで初めて、娘には“休める時間”が必要だったのだと気づきました。
子どもによって、心地いいペースは違うのだと感じた出来事です。
【体験者:40代・筆者、回答時期:2026年6月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:大空琉菜
受付職を経て、出産を機に「子どもをそばで見守りながら働ける仕事」を模索しライターに転身。 暮らしや思考の整理に関するKindle書籍を4冊出版し、Amazon新着ランキング累計21部門で1位に輝く実績を持つ。 取材や自身の経験をもとに、読者に「自分にもできそう」と前向きになれる記事を執筆。 得意分野は、片づけ、ライフスタイル、子育て、メンタルケアなど。Xでも情報発信中。

