《ゼラニウム》 1960年 ドライブラッシュ・水彩、紙 52.7x39.4㎝ ファーンズワース美術館、ロックランド Collection of the Farnsworth Art Museum, Rockland, Maine, Bequest of Betsy James Wyeth Trust, 2021.1.1 ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
実際に会場に足を運び、作品を見ていく中である疑問が浮かんできた。
なぜこれらの作品は、こんなにも心の奥底に触れてくるのだろう。なぜ私たちは見入らずにいられないのだろう。
それは、写真のようなリアリズムからだけではないのではないか?
彼は何をどのようにして描こうとしていたのか。今回は3つのキーワードから、ワイエス作品の引力の源を探ってみたい。
①ワイエスのモチーフ選択
約90年の生涯の中でワイエスが描いた作品の舞台は常に限定的だった。彼が生まれ育ったペンシルヴェニア州の田舎と、彼が夏を過ごしたメイン州。どちらも、移民たちが住み着き土地を切り開きながら暮らしてきた場であり、アメリカの原風景とも言える場所である。
ワイエスはそれらの土地を歩き回りながらモチーフを探し、自らの心の琴線に触れたものを描き続けた。
この選択にこそ、ワイエスの個性がまず入り込んでいたと言えよう。
彼が描いたのは偉大な英雄や名所旧跡ではない。名もなき、しかし1日1日を大切に生きる人々や彼らが暮らした家や農場、そしてワイエス自身が深い思い入れを抱いていた場所である。
この〈マザー・アーチーの教会〉もその一つだ。
(展示風景より)アンドリュー・ワイエス《マザー・アーチーの教会》 フィリップス・アカデミー附属アディソン・ギャラリー、アンドーヴァー(1945)(筆者撮影)
この建物は元学校で、教会に転用された後はアフリカ系住民たちの心の拠り所となっていた場所である。当時のアメリカでは人種差別がまだ激しかったが、子供だったワイエスは差別や偏見も抱くことなく、しばしばこの教会に遊びに行っては、集まる人々と交流していた。
教会を運営していたマザー・アーチーの死後、教会はさびれ、ほとんどこの絵に描かれているような廃墟となってしまう。
久しぶりに思い出の場所を訪れたワイエスは、このような光景を前にして何を思っただろう?
壁は煤け、天井にはヒビが入り、剥落している箇所もある。天井から吊り下がるランプのホヤの一つは失われている。
窓から見える緑は、モノトーン調の室内との対比も相まってひときわ鮮やかだ。もうここに来る人はいない。
しかし、室内を見渡す中でワイエスの耳は聞き取っていたのかもしれない。天井に反響する聖歌や、人々の話し声などを。ここで仲良くなった人々の顔もまた、脳裏によみがえっていたのかもしれない。
そしてちょうど窓から飛び込んできた白い鳩には、久しぶりに思い出の場所を訪れたワイエス自身の姿が重なる。
このように、思い入れのあるモチーフを選び、構図としての切り取り方を決め、それを丹念に描くことを通して、ワイエスは目に見える姿そのものだけでなく、それらの場所や人々にまつわる自身の記憶をもそこに封じ込めたのである。
②ワイエスが用いたテンペラ技法
西洋美術における技法と言うと、まず思い浮かぶのは油彩画だろう。しかしワイエスが好んで用いたのは、テンペラ技法だった。
テンペラ技法とはルネサンス期に油彩が発明される以前に主流だった技法で、卵黄で顔料を溶いて描く。乾燥するのが早いためにグラデーションなどの表現はできないが、発色が鮮やかで、細い線を重ねて緻密に細部を描き込むのに向いている。しかも油彩に比べて経年劣化が少なく、色彩の鮮やかさが何百年にも渡って続く。
このテンペラによる細部への描き込みはワイエス作品の最大の魅力の一つである。
実際に作品〈クリスティーナ・オルソン〉を例にとって見てみよう。
《クリスティーナ・オルソン》 1947年 テンペラ、パネル 83.8x63.5㎝ マイロン・クニン・コレクション、ミネアポリス Myron Kunin Collection of American Art, Minneapolis, MN photo: Curtis Galleries,Inc. ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
モデルのクリスティーナ・オルソンは、美術史上で最も有名なモデルの一人であろう。ワイエスは妻の紹介で彼女と知り合って以来30年以上にわたってクリスティーナを描き続けた。
彼女は病気のために足が不自由で、自力での歩行もままならなかったが、自立心が強く、人の手を借りることをよしとせず、1日1日を大切に、自分のできることを行い、人との交流を楽しみ続けた。
そんなクリスティーナのもとをワイエスは毎夏訪れていたが、ある日、家事を終えたクリスティーナが戸口に寄りかかって外を見るその横顔に惹かれてスケッチし、しばらく後に作品に仕立て上げたのである。
木目まで細かく描き込まれた暗色の扉は、この家に刻まれた時間を物語る。そこに寄りかかるクリスティーナは、既に若くはない。黒い服の袖から剥き出しになった腕は痩せている。画面の前に立つと、皮膚の乾いた質感までも伝わってくるかのようだ。
そして、外から吹いてきた風が、白い物が混じり始めた髪を揺らしている。その影が扉に落ちる様を見ると、クリスティーナという存在が今確かに質量をもってここにいる、と実感させられる。
実は、この風になびく髪はテンペラ画に描き起こすにあたってワイエスが加えた「演出」である。が、この細部の工夫によって、絵の中のクリスティーナと彼女を取り巻く空気に確かな存在感が付与されたのは事実だろう。
そして、このような緻密で乾いた描写によって、ワイエスがクリスティーナに生涯抱き続けたであろう親愛と敬意が隅々まで染み込み、今もなお息づいているのである。
