③人物の不在という手法
《洗濯物》 1961年 水彩、紙 76.8x55.9㎝ カマー美術館、ジャクソンビル Gift of an Anonymous Donor, Cummer Museum of Art & Gardens, Jacksonville, Florida, USA ©2026 Wyeth Foundation for American Art
ワイエスの作品にはこの〈洗濯物〉のように、生活の中の何気ない一場面を切り取ったと思しき作品が少なくない。しかし、不思議なことに洗濯紐にかけられ風になびくシーツなどはあっても、それを干したと思しき人物はいない。
どこに行ってしまったのだろう?
そもそも、なぜワイエスはこのような作品をわざわざ描いたのだろうか。
実は、この「不在」の手法こそが、ワイエス作品が持つ引力の源なのである。例えば、庭に干された洗濯物が画面いっぱいに描いてあっても、肝心のそれを干した人物がいない、となると、絵を見る私たちはそれがどうしても気になってしまう。
しかし、ワイエス自身はそのアイテムがあるだけで、ついさっきまでその人物———妻のベッツィがそこにいて、作業していたであろうことを知っている。だからこそ、思い入れをもって絵筆を重ねることで、画面には描かれていないはずの人物の存在が立ち上がってくるのである。
一方、こちらの〈ゼラニウム〉も見てみよう。
《ゼラニウム》 1960年 ドライブラッシュ・水彩、紙 52.7x39.4㎝ ファーンズワース美術館、ロックランド Collection of the Farnsworth Art Museum, Rockland, Maine, Bequest of Betsy James Wyeth Trust, 2021.1.1 ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
この作品はクリスティーナ・オルソンと彼女が生涯を過ごしたオルソン・ハウスを主題にした作品群の一つで、窓の外から屋内にいるクリスティーナの姿を覗き見ている。
青い縞柄の服を着たクリスティーナは後ろを向いており、その表情はほとんど見えない。奥の窓は開かれており、その向こうには明るい風景が広がる。閉ざされた室内でありながら、閉塞感や息苦しさはない。それはクリスティーナ自身の内面の反映でもあるだろうか。
また、窓辺に飾られているのは、クリスティーナのお気に入りの赤いゼラニウムである。
絵の前に立っているうちに私たちは、家の中にいるクリスティーナの気配に意識を研ぎ澄ませ、見つめている自分に気づく。まるで絵を描いたワイエスその人と一体化し、彼の見たものを追体験しているかのように。
ワイエスは、自分が目の前に見たモチーフをただ見たままに描いたのではない。描く時、一筆一筆に自分の思いを乗せることで、風景や事物にまつわる記憶や、モデルとなった人が確かにそこに生きていた痕跡をすくい取り、永遠のものとして残したのだ。
まるで、この〈薄氷〉の凍りついた水面の向こうに散り積もった落ち葉のように、一枚一枚の作品の中には、時に数十年にも及んで積み重ねられた時間や記憶が息づいている。
《薄氷》 1969年 テンペラ、パネル 110.2x121.9㎝ 株式会社三井住友銀行 ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
ワイエスの絵の前に立つことは、ワイエス自身の記憶や思いをたどることでもある。そして見ているうちに、絵に描かれた誰かの痕跡に、私たちは自身や私たちの周囲にいる人を時に重ね、共鳴し合うものを見つけ出す。
だからこそ、ワイエスの作品は、今もなお国境や時代を越えて見る者の心に語りかけ続けるのだろう。
展覧会情報
展覧会名:東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展
会場:東京都美術館(東京都台東区上野公園8-36)
会期:2026年4月28日(火)〜 7月5日(日)
開室時間:9:30〜17:30(金曜日は20:00まで、入室は閉室の30分前まで)
休室日:月曜日(ただし6月29日は開室)
主催:東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)、東京新聞、フジテレビジョン
協賛:DNP大日本印刷
特別協力:丸沼芸術の森、ユニマットグループ
協力:ワイエス財団、日本航空
後援:アメリカ大使館、ビーエスフジ
公式サイト:東京都美術館開館100周年記念アンドリュー・ワイエス展
