■ 「あなたが最初でよかった」仲間の言葉に背中を押された
――尾島さんが育休を取得しようと決めた背景を教えてください。
尾島さん 大きな理由は、家族のサポート体制です。 妻が韓国出身で、私が沖縄出身ということもあり、お互いの両親が遠方に住んでいます。身近に頼れる親族がいないため、夫婦二人で乗り切るには私がいかに関われるかが重要でした。そのため、育休を取らないという選択肢は最初からなかったです。当初は1年間の取得も考えましたが、収入面などを考慮して最終的に半年間に決めました。
――周囲の反応はいかがでしたか?
尾島さん 実は、弊社は2021年に設立されたばかりの若い会社で、性別に関わらず私が第1号の育休取得者だったんです。上長には妻の妊娠が判明してすぐに報告し、育休を取得したいことも伝えましたが、とても喜んでプッシュしてくれました!
そのほかのメンバーには、半年に一度の社内イベントで、業務の振り返りをした最後にサプライズとして育休取得を発表しました。そうしたら、会場がすごく盛り上がってくれて、たくさんの人がハグして祝福してくれました。
――同僚からの特に印象に残っている言葉はありますか?
尾島さん あるメンバーが言ってくれた「初めての育休取得者があなたでよかった」という言葉です。当時はチームリーダーという役職に就いていたので、責任ある立場の人間が率先して育休を取る姿を見せることで、後に続くメンバーの心理的なハードルを下げられると感じてくれたのかもしれません。また、男性の私が第一号となることで、性別を問わず誰もが当たり前に育休を取れる文化が広まっていく――。そんな期待を込めたエールだと捉え、非常に勇気づけられました。
――引き継ぎについてはどのように進められたのでしょうか。
尾島さん 私の所属する部署ではリーダーの選出に「公募制」を採用しており、不在中の代理リーダーを募った際も自ら「やりたい」と手を挙げてくれたメンバーが3名いました。その中から、私自身も候補者一人ひとりとコミュニケーションをとり、最終的には上司との面談を通じて後任が決まりました。
引き継ぎは細かい部分まで時間をかけて進めていきましたが、前向きな志のある仲間にお願いできたことで、自分が仕事から離れることの不安はほとんど感じることなく、未知の育児へのワクワク感に目を向けることができました。

「育休中の一コマ。オクトパスエナジーの公式キャラクター、タコのコンスタンティンと一緒に!」(尾島さん)
■24時間家族と過ごせた幸せな半年間
――お子さんは元旦生まれだそうですね。
尾島さん そうなんです。年明けの予定日だったのですが、大晦日の明け方に陣痛が始まり、病院へ行ってから24時間近くかかって生まれてきました。ずっと妻に付き添っていたので、元日の朝に無事に生まれた瞬間は一生忘れられない思い出です。
――退院後の夜中のお世話はどう分担されていたのですか?
尾島さん どちらが起きるかは当番制にしていました。しかし、同じ部屋で寝ているので、息子が泣くと結局2人とも目が覚めてしまうんですよね 。特に最初の1ヶ月は睡眠不足が辛かったですが、その大変さ以上に、毎日24時間家族と一緒にいられる幸せが勝っていました。
――国際結婚ならではの、育児スタイルの違いを感じる場面はありましたか?
尾島さん ほとんどありませんが、韓国の離乳食文化には驚かされたことがありました。韓国では離乳食の超初期から、鉄分補給のために牛肉を食べさせるのが一般的だそうです。「日本とは違うなぁ」と思いましたが、妻が韓国から取り寄せた、図鑑のように分厚い本を読み込みながら頑張って準備しているのを横で見ていたので、彼女の意思を尊重するようにしていました。
――そんな違いが! 面白いですね。それはそうと、生まれたての頃と復職時の生後6ヶ月では、赤ちゃんの様子も驚くほど違いますよね。
尾島さん 本当にそうですね。別人のようです。日ごとに刻々と成長していくので、その変化を一瞬も見逃さずにそばで見守れたことは、自分にとって本当に大切な思い出となりました。
ただ、復職後に少し寂しい思いもしたんです。復職してしばらく経った頃ですが、ある1週間、息子がものすごいスピードで成長したことがあって……。つかまり立ちを始めたと思ったら、次に気づいたときには自力で歩き始めていた。その「合間の変化」をリアルタイムで見られなかったのは、正直に言うと、とても切なかったです。

「生後9ヶ月のときに妻の韓国の実家に行きました。向こうのおじいちゃんやおばあちゃんにたくさん可愛がってもらったり、いとこにあたる妻の実兄の子どもとたくさん遊んだりしました!」(尾島さん)
