法政大学教授で人文地理学者の湯澤規子さんの研究テーマは、誰もが毎日繰り返す「食べること」の歴史です。食べた後の排泄まで含めた「循環」を問い続ける研究者が、台所で論文を書き、学生たちに「あなたの食は豊かですか」と問いかけ続ける理由とはなにか。クックパッドのポッドキャスト番組「ぼくらはみんな食べている」で語ってくれました。
台所で論文を書く研究者が「変わり者」と呼ばれる理由
大阪生まれの湯澤さんは自他ともに認める変わり者。「何屋さんですか」とよく聞かれるけど、うまく答えられないといいます。
子どもの頃の夢は「食堂で働く人」。3人姉妹で家事を分担する家庭に育ちました。絵入りのお菓子レシピ本を手に入れてからはレシピオタクになり、お小遣いを貯めてお菓子の百科事典を買っては読み物として繰り返し読むほど。親に内緒で失敗作をひとりで食べていたそうです。
料理の道を志して栄養士の勉強を始めましたが、「思ったより数学で、私が面白がってた台所の面白さとちょっと違う勉強がいっぱいあって」断念。代わりに選んだのが地理学です。フィールドワーク先を食べ物関係にすればいいと気づいてから、水を得た魚になったといいます。
大学から大学院時代にかけて、7〜8年間アルバイトをしていた先はとんかつ屋でした。なぜなら、高校時代に友人の家で食べたお店のとんかつが忘れられなかったから。家で食べるものとは全然違う、パリパリで熱い衣。「まかないで食べるにはとんかつ屋に入るしかない」と決め、働き始めます。
でも、厨房の中で見えてきたのは、お店の表口から見ていた世界とは全く違う社会でした。パン粉屋が搬入に来て、肉が下処理され、ゴミが出て、台車を押して裏路地を歩く。テーブルに運ばれる美しい一皿は、見えないたくさんの工程の上に成り立っていたのです。
「当時歴史の講義を担当していた先生に、勝手口から書く歴史っていうことを教えてもらって、まさにこれだと思ったのです」
食卓に乗る一皿の「前と後ろ」を問うこと。論文も著書も、ほぼすべて台所で書くのも、「台所の住民として、できることはそれぐらいかな」という感覚が根底にあるからです。
「食」より「胃袋」という言葉を選ぶ理由
湯澤さんは「胃袋」という言葉を好みます。
「食文化とか食資源とか、食って言った段階で、つるっと滑らかになっちゃうけど、もっとデコボコした生臭いものが、食べ物をめぐってはあると思うのです」
胃袋という言葉には、欲望の匂いと生々しさがあります。「食の最先端を担う学生たちが食べること自体には興味がなかった、その学生たちに生々しい世界を見せたくて」と湯澤さん。そのデコボコした感触の中にこそ、食の本当の姿が宿っていると考えるからです。
著書『胃袋の近代』(名古屋大学出版会)では、100年前の工場で働く女性たちの食の記録を掘り起こしました。「食の記録は残らない」と長く言われてきましたが、産業革命期に集団で食べるシステムが生まれたことで大量の資料が残されていたといいます。続く『7袋のポテトチップス』(晶文社)では出版後に読者から「自分の食の記憶も聞いてほしい」という手紙が殺到したほど。フィールドワークで集めた人々の食の記憶が戦後史として結実しました。また、『焼き芋とドーナツ』(KADOKAWA)では日本とアメリカの女性労働者の間食を比較し、同じ「甘いもの」でも社会的な意味がまるで異なることを示しています。
「甘いものはなくても生きられるよねっていうこと自体の社会的通念を覆したいっていうのはあって。生きることは思ったよりもいろんなものでできていて、食べるってことは栄養を取るだけじゃなくていろんな意味があるんです」
さらには、衣食住に「便(排泄)」を加えた視点で、江戸時代に排泄物を発酵させ肥料として農業に還す循環システムも研究してきました。食べた後がどこへ行くかを知らなければ、食べ続けることの本当の意味は見えてこない。「食べると出すを回してつなぐ」というテーマは、とんかつ屋の勝手口から始まり、人類の循環の歴史へと繋がっていたのです。

