果物や室内の飾りにも意味がある?日常に溶け込んだシンボルを探そう
ここまで、《アルノルフィーニ夫妻の肖像》が婚約の場面であり、神聖な儀式の立会人がヤン・ファン・エイク自身だった可能性にもふれてきました。
最後に、この絵画の主題を表すシンボルとして、キリスト教のモチーフを探してみます。婚約という儀式の神聖さや敬虔な信仰が、部屋のあちこちに散りばめられていることが見えてくるでしょう。
イラスト:浜田夏実
まず注目したいのが、凸面鏡の周りに施された10個のメダイヨン(円形装飾)です。それぞれに、キリストの受難伝の一場面が、丁寧に描き込まれています。また、凸面鏡の左脇には、イエス・キリストと聖母マリアに祈りを捧げるためのロザリオも掛けられています。
次に、ベッドの左側にある椅子を見てみましょう。上に突き出した部分に、両手を合わせた聖女マルガレーテの木彫りの像が装飾されています。聖女マルガレーテは、子どもの誕生を待ち望む女性の守護聖者で、婚約者の顔の近くに描かれているのも、意図的に感じられます。
また、見落としてしまいそうなのが、左側の窓の下に置かれた果物です。まるで、エデンの園でイヴが口にした禁断の果実を思わせます。
ヨーロッパでは、中世以来、人間の原罪とキリストによる救済は、ひとつの作品のなかで対になるよう表現されてきました。《アルノルフィーニ夫妻の肖像》では、凸面鏡のメダイヨンに、キリストの冥府下りの場面があり、地獄からアダムとイヴを救い出すところが描かれています。
このように、《アルノルフィーニ夫妻の肖像》は、日常の室内を描いた作品でありながら、信仰や神聖な儀式まで重ね合わせた、非常に意味深い絵だといえます。
名画を隅々まで観察して新しい発見を
この記事では、《アルノルフィーニ夫妻の肖像》に描かれた男女のポーズやモチーフに注目し、ひとつひとつの意味を探りました。
名画を隅々まで観察すると、作者の表現を読み解くヒントに出会えるでしょう。
よく知られている絵画をあらためて眺めて、新しい発見を楽しんでみてくださいね。
(イラスト:浜田夏実)

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参考文献
ステファノ・ズッフィ著、千足伸行監修(日本語版シリーズ)『名画の秘密 ファン・エイク アルノルフィーニ夫妻の肖像』西村書店 東京出版編集部、2015年
高階秀爾著『カラー版 名画を見る眼Ⅰ—油彩画誕生からマネまで』岩波書店、2025年
高階秀爾監修、美術出版社(雲野良平)+藤原えりみ編『増補新版[カラー版]西洋美術史』美術出版社、2003年
