定年退職を迎えるまで、私はわが家のすき焼きには、代々受け継がれてきた特別な味付けがあるのだと思い込んでいました。現役時代は仕事に追われる日々で、たまの休日に妻が作ってくれる濃厚なすき焼きは、私にとって何よりのごちそうでした。ところが定年後、時間に余裕ができて妻の料理を手伝おうとしたことをきっかけに、長年信じていた「わが家の味」の正体を知ることになったのです。
定年後に料理を手伝おうとして
定年退職後、家にいる時間が増えた私は、これまで妻に任せきりだった料理を少しでも手伝いたいと思うようになりました。
そんなある日、夕食にすき焼きを作ることになりました。私は、せっかくなら長年食べてきたわが家の味付けを覚えたいと思い、妻に「伝統の味付けを教えてほしい」と頼んだのです。
自分の中では、すき焼きの味付けには何か特別な手順や分量があるのだろうと考えていました。妻が長年作ってくれていた味だからこそ、きっと家に受け継がれてきたものなのだと思い込んでいたのです。
冷蔵庫から出てきたものに驚き
ところが、私の言葉を聞いた妻は不思議そうな顔をしました。そして何も言わずに冷蔵庫を開けると、市販のすき焼きのタレを取り出してきたのです。
私は一瞬、何を見せられているのかわかりませんでした。てっきり、しょうゆや砂糖などを使って一から味を整えているものだと思っていたからです。
妻に聞くと、結婚当初からずっと同じ大手メーカーのタレを使っていたそうです。私が長年「わが家だけの秘伝の味」だと思っていたものは、実は市販のタレだったのです。

