●食事のメニューを書き写せない受刑者たち
男性は「20年近く前の体験なので、現在と異なる部分があるかもしれませんが」と前置きしたうえで、受刑者の識字能力について語った。
「雑居房では、受刑者同士が親密にならないよう、頻繁に部屋の入れ替えがありました。どこの雑居房に行っても、一人は読み書きが怪しい人がいました。在日外国人ではなく、会話は日本語で普通にできる人たちです」
その実態を象徴する出来事があったという。
「食事は受刑者にとって最大の楽しみです。10日ごとにメニュー表が回ってきて、部屋の下っ端がノートに書き写すことがあったのですが、それができない人も珍しくありませんでした。私が手紙を代筆したこともあります。また、所内で配られる書類にはすべてルビが振られていました」
男性は、読み書きが十分にできない受刑者にとって、本当の困難は出所後に待ち受けていると指摘する。
「携帯の契約も、銀行口座の開設も、部屋を借りることもできないはずです。行政が社会的弱者に対しての施策をしても、そこにアクセスすることができません。
コロナ禍では給付金が何度か配られましたが、あれも申請しなければもらえません。生活保護も申請すれば通るはずですが、役所がどこにあるのかすら知らない人も多いと思います。なぜなら、役所と警察署、拘置所の区別がついていない人もいましたから」

●「日々を乗り越えるので精一杯」、「反省」よりも「後悔」
「世の中の人が求めるような『反省』を刑務所でできるか?」と尋ねると、男性は厳しい見方を示した。
「塀の中と外で、人間は変わりません。裁判にならないようなことでも、他人に迷惑をかけたり、損害を与えたりする人はいます。反省する人もいれば、相手を責めるだけの人もいます。ムショでは、後者の割合が高まります。
また、非常に人間関係が難しい場所なので、その日その日を乗り越えるだけで精一杯です。そのため、『どうしてこんなところに来るようなことをしてしまったのだろう』と後悔する人はいても、被害者に対する反省の念を持つ人は100人に1人いるかいないか、ではないでしょうか。
特に薬物事件では、被害者がいないので、『はやく出所して、またやりたい』と堂々とのたまう人も珍しくなかったです」

