レシピは「思想であり、人生そのもの」湯澤規子が語る、料理することの意味

レシピは「思想であり、人生そのもの」湯澤規子が語る、料理することの意味

小学校から40年、書店に行くたびレシピ本の棚に飛んでいく。そんなレシピオタクが人文地理学者に。祖母の戦時中のノート、「おふくろの味」の誕生と消滅、そしてクックパッドへの期待。後編では、料理することの本当の意味をクックパッドのポッドキャスト番組「ぼくらはみんな食べている」で語ってくれました。

祖母の戦時中のノートが教えてくれたこと

湯澤さんにとって、レシピはマニュアルでも設計図でもありません。「レシピは思想であり、人生そのもの」と考えていると言います。

きっかけは、祖母から手渡された戦時中に書かれた一冊の小さなノートです。丁寧に書き留められていたのは、大豆醤油の作り方や、野菜の皮も葉っぱも全部食べる方法……作り方についての記録なのに、ページをめくるうちに見えてきたのは、祖母が戦時中をどう生きたかという「人生のログ」でした。

フィールドワークを重ねるうちに、同じ気づきが積み重なっていきます。例えば、お漬物を交換し合うおばちゃんたちのトーク。そこでは、レシピトークと人生トークが交差し、分量の裏に人間関係が見え、作り方の違いに生き様が宿っていました。

「私もそこに役割があるかもしれないって、最近は自覚していて。単にレシピを集めて、数字を集めて、マニュアル本を作るんじゃなくて、それを編み出した人たちの人生そのものを追いかけるみたいなことをやってますね」

クックパッドのレシピを見る時も、湯澤さんの目は同じです。分量の細かさ、写真の撮り方、どのスパイスを選ぶか。その一つひとつに、投稿した人の人生が垣間見えます。「レシピの向こう側にいるもう一人の、その、作った人自身を知りたくなる」と話していました。

「おふくろの味」という価値観はどこから来たのか

レシピが人生を映すものだとすれば、私たちが「おいしい」と感じる基準もまた、社会によって作られたものかもしれません。その象徴として湯澤さんが取り上げるのが「おふくろの味」という言葉です。

著書『「おふくろの味」幻想』(光文社)では、この言葉の誕生から消滅までを「犯人探し」の構造で解き明かしています。例えば、肉じゃがという料理が、男性には「ほっとする」もので、女性には「プレッシャー」になる。その非対称性はなぜ生まれたのでしょうか。

「家庭的みたいなことが肉じゃがにはくっつきやすくて、ホッとする料理を作るのは女性みたいなステレオタイプを、日本の社会はずっと作ってきた。そういったことを暴く本ですね」

湯澤先生によると、犯人は5人います。地方から都市へ出てきた人々の郷愁(都市)、それに応えて郷土料理を売りにした地方(農村)、テレビや出版でおふくろの味像を構築したメディア、それを引き受けた核家族(現代家族)。そして5人目が「あなた自身」と言います。

「おふくろの味」という言葉は1980〜90年代に爆発的に広まり、2000年代以降はほぼ消滅しました。国会図書館のデータベースで調べると、古くからある言葉に見えて、実は「まるで流星のごとく一瞬光って消えていく言葉」だったといいます。消えた理由は、性別役割分担への疑問や炎上案件が相次ぎ、メディアが使わなくなったからです。

「料理とか食って、元々プライベートなものだって思いがち。でも引いて見ると、こんなに社会的な存在なんだってことが、おふくろの味幻想で見せたかった部分です。作られたものであるからには、そこから自由になることもできるはずなのです」

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