【取材レポート!】あべのハルカス美術館『ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち』展覧会の主役は誰?ゴッホ展かと思いきや…

展示風景

しかし、実際に展覧会に足を運ぶと、ひとつの疑問が浮かんできます。

本展の主役はファン・ゴッホなのか? と。

会場を巡るうちに気づいたのは、本展が一人の画家を大きく扱う展覧会ではない、ということです。風景画の確立から印象派、その影響下でファン・ゴッホが登場し、20世紀美術へ。展示室には、約1世紀にわたる西洋美術の大きな転換期が一本のストーリーとして流れています。

ファン・ゴッホは、その物語の中でも特に印象的な登場人物の一人。けれど、本当の主役はもっと大きな美術史そのものではないか。鑑賞後はそんな思いを抱きました。

なぜそう感じたのか、順を追って解説していきます。

19世紀、美術界は激動の時代へ

展示風景

19世紀は絵画における数々の常識がひっくり返った時代。歴史を振り返ったとき、「美術史が最高に面白い激動の時代」とも言えると思います。

たとえば、

・絵画の題材は「神話や宗教」から「身近な人やモノ、風景」へ
・風景画が「ただの背景」から「ひとつの絵画ジャンル」として確立
・写真技術の発達により、「本物そっくりに描く」ことの意義が揺らいだ

などなど。「絵画とはこういうもの」という常識は壊れていき、美術は個性を広げる方向へと展開していきました。

ウジェーヌ・イザベイ《漁からの帰り》1845年頃 油彩、厚紙
Eugène Isabey《Return from Fishing》c.1845, Oil on cardboard

本展は、そんな美術史の展開を時系列で追いかけ、変化を俯瞰する展覧会。記念すべき1枚目を飾るのは、ウジェーヌ・イザベイの絵画《漁からの帰り》です。

彼はアトリエの外に飛び出して絵を描いた先駆的な画家で、エトルタなどノルマンディー地方の海のある風景を発掘したことでも知られています。風景画の発展を語るうえで欠かせない画家であり、本展の幕開けを飾る1枚目にふさわしい作品と言えるでしょう。

クロード・モネ《アニエールのセーヌ河》1873年 油彩、カンヴァス
Claude Monet《The Seine at Asnières》1873, Oil on canvas

これに限らず、美術界の「こうあるべき」という暗黙の了解をひっくり返す流れがあちこちで起きたのが、19世紀の美術界でした。その最たるものが、「印象派」の台頭ではないでしょうか?

モネやルノワールなど、「印象派」と呼ばれる画家たちが登場した19世紀後半。今では巨匠として揺るぎない地位にある彼らですが、当時は斬新すぎて賛否が大きく分かれたのです。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《縫物をするジャン・ルノワール》1898年 油彩、カンヴァス
Pierre-Auguste Renoir《Jean Renoir, Sewing》1898, Oil on canvas

というのも、彼らはキャンバスの上で素早く絵筆を動かし、あえて筆の跡を残した状態で作品を完成としたからです。伝統的には表面を滑らかに仕上げた絵画が良いとされたため、彼らの作品は「稚拙」や「未熟」と批判を受けました。

そして、「目に映った印象を描いただけ」と揶揄する批評をきっかけに、彼らは皮肉を込めて「印象派」と呼ばれるように。奇しくも、この呼び名は作品の本質を表しており、彼らも自ら「印象派」を名乗るようになりました。

ベルト・モリゾ《ニースの港》1881-1882年 油彩、カンヴァス
Berthe Morisot《The Harbor of Nice》1881/82, Oil on canvas

印象派のような新しい絵画が登場する背景として、目に見える現実をそのまま記録できる写真技術の向上があったことには触れておきたいと思います。写真の発達を受けて、画家たちは「絵画とは何か?」という問いに直面。その結果、個性的な画家がどんどん表舞台に現れたのです。

ポール・ゴーガン《ブルターニュの少年》1889年 油彩、カンヴァス
Paul Gauguin《Nude Breton Boy》1889, Oil on canvas

たとえば、独特なモノの見方を絵画に表したセザンヌやゴーガン。点描で色彩表現に革命を起こしたスーラやシニャック。大胆な色づかいで人々を驚かせたマティスなど。本展でも彼らの絵が展示される章に差し掛かると、とたんに個性が爆発して展示室の空気が変わります。

ポール・シニャック《カポ・ディ・ノリ》1898年 油彩、カンヴァス
Paul Signac《Capo di Noli》1898, Oil on canvas

中でも注目したいのが、お待ちかねのフィンセント・ファン・ゴッホです。ここまで長かったですね…。

しかし彼の作品を味わい尽くすためにも、歴史の流れの知識は不可欠。なぜなら、ここまでで紹介した100年弱にわたる歴史の積み重ねを一瞬で駆け抜けたのが、ファン・ゴッホだからです。

ゴッホは何が凄いのか?わずか10年の画業で成したこと

実は、ファン・ゴッホが画家として活動したのは約10年ほどの期間でした。聖職者を目指したり画商として働いたりといった経験を経て、27歳を迎える頃に画家の道へ。37歳で亡くなるまで、彼の画風は10年間とは思えないほどダイナミックに変化しました。

フィンセント・ファン・ゴッホ《ニューネンの農家》1885年
Vincent van Gogh《Farmhouse in Nuenen》1885

当初はバルビゾン派のミレーなど、農民の暮らしを描く画家に憧れていたファン・ゴッホ。本展で展示される《ニューネンの農家》はオランダの田舎町ニューネンの景色を描いた作品で、色彩はかなり抑えられ暗い印象です。夕暮れ時のわびしさも滲み、近代生活から離れた場所で実直に生きる人々の暮らしを真っ直ぐに描いています。

ジャン=フランソワ・ミレー《横たわる裸婦》1846-1847年 油彩、カンヴァス
Jean-François Millet《Resting Nude》1846/47, Oil on canvas

(なお、本展にはミレーによる裸婦の絵画が展示されているのも注目ポイント。ミレーには裸婦画で生計を立てていた時期があり、のちに農民を描いた《落穂拾い》などが高い評価を得て、清貧のイメージが強く定着することとなりました。ファン・ゴッホが憧れたのも後者のミレー像です)

フィンセント・ファン・ゴッホ《跳ね橋》1888年 油彩、カンヴァス
Vincent van Gogh《The Drawbridge》1888, Oil on canvas

本作からわずか3年後に描かれたのが、《跳ね橋》です。

同じ画家の作品とは思えないほど、大きく変化してはいないでしょうか? 重厚感のある《ニューネンの農家》に対し、《跳ね橋》は色彩豊かになり、降り注ぐ光が眩しく感じられ、まるで絵画が発光しているよう。見ているだけで気持ちも明るくなる作品です。

展示風景

ファン・ゴッホの絵画を見るときに必ず注目したいのが、この「ダイナミックな変化」。彼はバルビゾン派のミレーなどに憧れていましたが、印象派全盛のパリに出て自分の絵画が通用しないことを知り、ロートレックやシニャック、ゴーガンなどと交流して新しい絵画を開拓しました。ときに周囲と衝突しながらも、自分だけの芸術を確立していきます。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《漁船》1880年 油彩、板
Henri de Toulouse-Lautrec《Fishing Boat》1880, Oil on wood

こうして別人のように画風が変わったファン・ゴッホ。その変化は、何世代にも渡る画家たちがバトンを受け渡しながら、時間をかけてじっくりと育まれるほど大きなものでした。

本展ではさまざまな画家と作品が時系列で紹介され、美術史の歩みがわかりやすくなっています。中盤に展示されるファン・ゴッホは、その歴史の歩みを猛スピードで駆け抜けたかのように見えるのです。

フィンセント・ファン・ゴッホ《跳ね橋》1888年 油彩、カンヴァス
Vincent van Gogh《The Drawbridge》1888, Oil on canvas

異常な速度で画家として成長したファン・ゴッホ。しかし生前は十分な評価を得られず、死後に類を見ない評価と世界的な名声を得ることに…。急成長によって時代に追いつくどころか、追い越して先へ行ってしまったのかもしれません。

配信元: イロハニアート

提供元

プロフィール画像

イロハニアート

最近よく耳にするアート。「興味はあるけれど、難しそう」と何となく敬遠していませんか?イロハニアートは、アートをもっと自由に、たくさんの人に楽しんでもらいたいという想いから生まれたメディアです。現代アートから古美術まで、アートのイロハが分かる、そんなメディアを目指して日々コンテンツを更新しています。