【闘病】52歳で気づいた左胸の“しこり” 健診で「異常なし」だった『乳がん』

【闘病】52歳で気づいた左胸の“しこり” 健診で「異常なし」だった『乳がん』

左胸のしこりに気づくも、健診では「異常なし」。不安を抱え再受診し、52歳で「浸潤性乳管がん(がん細胞が乳管の中にとどまらず、周囲の組織に広がっているタイプの乳がん)」と診断された榎英子さん。過去に子どもの小児がん闘病を支えた経験を活かし、副作用を詳細に記録して過酷な術前化学療法を乗り越え、手術で「完全奏効(がん細胞が検査で完全に消失した状態)」を果たしました。家族の支えと「自分を俯瞰する視点」を武器に、現在は分子標的薬の治療を続けながらピアサポーターを目指す、前向きな闘病の軌跡を紹介します。

※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年10月取材。

榎さん

体験者プロフィール:
榎 英子

京都市在住。1972年生まれ。診断当時は、ヨガインストラクターの活動と在宅でのCAD業務(ウェディングドレスの型紙を製図作成・サイズ変更などを行う仕事)を兼務していた。2024年に乳腺クリニックを受診し、浸潤性乳管がんと診断される。半年間の化学療法を経て、乳房部分切除およびリンパ郭清の手術を受け、その後放射線治療を実施。現在は分子標的薬による治療を継続中で、残り半年の予定。術前の化学療法と比べると副作用は軽く、生活は比較的落ち着いている。在宅で続けていたCADの仕事は徐々にペースを取り戻しつつあり、ヨガインストラクターの活動も少しずつ再開に向けて準備を進めている。

驚きよりも納得、そして患部への感謝の気持ち

驚きよりも納得、そして患部への感謝の気持ち

編集部

乳がんが判明した経緯について教えてください。

榎さん

在宅で仕事をしていたとき、考えごとをしていてふと体に手を当てました。すると、左胸にしこりのようなものを感じ、なんとなく嫌な予感がしたのです。ただ、数週間後に健康診断を受ける予定だったため、「そのときに何かあればわかるだろう」と思い、すぐには病院に行きませんでした。健診の結果は「異常なし」。ちょうど子どもの夏休みと重なっていた影響もあり、そのまましばらく様子を見ていました。しかし心の中ではずっと不安が消えず、夏休みが終わったタイミングでクリニックを受診して検査を受けました。

編集部

乳がんの診断がついたときの心境について教えてください。

榎さん

嫌な予感があったため驚きはせず、夫に「ごめん」と謝ったような気がします。信頼している乳腺外科の医師に治療を任せるつもりだったため、治療そのものには不安はありませんでした。病気は自分の気づかなかったつらさの表れだと感じ、患部に「ご苦労さま、よく教えてくれたね、ありがとう」と語りかけるようになりました。

編集部

何か自覚症状などはありましたか?

榎さん

しこりに気づく以前から疲れやすさを感じていました。当時は52歳だったため、更年期による影響かと思っていました。

不安から前向きな準備へ、生活の中で整えていったこと

不安から前向きな準備へ、生活の中で整えていったこと

編集部

どのように治療を進めていくと医師から説明がありましたか?

榎さん

転院先の医師からは、術前化学療法を3週間ごとに8クール(ドセタキセル+ハーセプチン・パージェタを4クール、AC療法を4クール)行い、その後手術をするという説明を受けました。術前化学療法は、ある意味では心の準備期間をもらえたような感覚でした。

編集部

発症後、生活にどのような変化がありましたか?

榎さん

浸潤性乳管がんの診断が下るまではとにかく不安で、精神的にぐったりしていました。しかし、ひとまず治療方針が明確になってからは、治療開始後に起こりうる体の変化や行動の制限を予測し、必要なものをそろえたり家庭内の環境を整えたりと、準備に重点を置くようになりました。また、会いたい友人に会ったり、行きたい場所に出かけたりと、「やっておきたい行動」をある程度気が済むまで済ませておきました。

編集部

化学療法はどのように進みましたか?

榎さん

2024年11月末から始まった化学療法では、多くの副作用に悩まされました。しかし、家族の協力も得て、8クールの抗がん剤治療を無事に終えられました。全身にさまざまな形で表れる症状に一つひとつ向き合い、少しでも軽減できるよう対策もたくさん練りました。
初回の抗がん剤点滴では、右前腕内側にひどい血管炎を起こしてしまいました。もともと血管が細く毎回見つけにくかったため、すぐに右上腕内側にCVポート(中心静脈ポート)を設置しました。体内に装置という異物を埋め込むのには正直かなり抵抗がありました。しかし、設置後は点滴時のトラブルもなくなり、治療が終わった現在はポートも除去してもらえたため、違和感に耐えて治療を乗り越えられてよかったと思っています。血管炎の痕は当初かなりひどい状態でした。しかし、1年弱が経過した現在ではずいぶん薄くなってきました。

初回の抗がん剤点滴で起きた血管炎の経過。上から初回直後・約1週間後(ピーク)・9月ごろ。あらわれ方や回復の経過には個人差があります。

画像をクリックすると拡大表示されます(上から初回直後・約1週間後・9月ごろ)

編集部

気持ちのコントロールはどのように行いましたか?

榎さん

気持ちの落ち込みが激しいときも何度もありました。そのようなときは、友人にただただ話を聞いてもらったり、趣味の洋裁に没頭したりして、頭皮に優しい帽子やターバンをひたすら縫っていました。毎日違うものを被って、一人で楽しんでいました。
副作用の一つとして皮膚障害があり、手足の爪にも大きな影響が出て、両足の親指の爪が取れてしまったのは、とてもつらい症状の一つでした。ただ、取れた爪をきれいに整えて自作の付け爪にし、再び指に乗せて保護していた時期もあります。そんな自分の工夫を、内心少し自画自賛していました。とはいえ、親指の爪がない状態で歩くのは本当につらく、ヨガの簡単なポーズすら苦痛で、二度と経験したくないと思っています。視力が大きく落ちた時期もあり、眼鏡を作り直そうかと迷ったこともありました。しかし、現在はほぼ元の状態に戻っています。

編集部

体の変化についても注意深く観察したそうですね。

榎さん

はい。抗がん剤投与後の体の変化は病院への報告とは別に、自分の手帳に毎クール記録していました。数年前に子どもが小児がんを発症して3年ほど闘病した経験があり、治療や副作用を記録しておく大切さを実感していたためです。
今回も、投与日にはこういう症状、2日目は○○、3日目は●●……、と細かく記録しておくことで、同じ薬を使っている間はパターンに沿って準備ができ、予定も立てやすくなりました。何より、「今日の苦しみは明日には軽くなるはず」と希望を持てるようになり、自然と前向きな気持ちになれたと思います。

編集部

術前の化学療法を終えて、手術と結果はどうでしたか?

榎さん

術前治療によって腫瘍は明らかに縮小・消滅し、2025年6月上旬には部分切除とリンパ郭清の手術を受け、8日間で退院できました。術後の検査で「一番いい結果で、完全奏効(がん細胞消滅)です。おめでとうございます」と言われたときは、本当にうれしかったです。
心配していたよりも腕はよく上がり、傷はあるものの、形に気をつければノースリーブも着られるようになりました。そのため、「あぁよかった!」と思える日々が続きました。

編集部

手術は部分切除を選ばれたのですね。どう決めたのですか?

榎さん

実は、全摘出するか部分切除にするか迷っていました。私の場合はたとえ全摘出しても、腋窩や内胸リンパ節への転移が複数あったので放射線治療は必須でした。また、腫瘍は消滅していたため、胸の傷が小さくて済む部分切除を医師からも勧められました。

編集部

部分切除後の放射線治療について、実際の通院や副作用の様子、乗り越え方などを教えてください。

榎さん

リンパを取った左脇の傷と併せて、傷が落ち着いたころから25回の放射線通院が始まりました。ちょうど7月後半から8月いっぱいまで、平日は毎日通院していました。治療時間自体はそれほど長くはかかりませんでした。しかし、夏休み中の小学生の子どもに留守番をさせながら猛暑の中を通うのは、精神的にもなかなか負担が大きかったと思います。
副作用は倦怠感や日中の眠気程度で済みました。肌が弱くただれなどが心配だったため、予防として初めからしっかり保湿を行っていました。それが功を奏したのかもしれません。初めての化学療法のときから、何か症状が出てから慌てて相談するのではなく、予測される副作用について納得できるまで質問し、必要な対処薬はあらかじめ処方してもらっていました。そのため、心に余裕を持って治療に臨めたと思います。

編集部

闘病に向き合ううえで心の支えになっているものを教えてください。

榎さん

やはり一番大きな存在は家族、特に子どもです。未成年の子どもをまだ放り出すわけにはいかないという思いは最初から強くありました。「子どもの世話をしなければならない」というプレッシャーが、治療中の生活の中でも最低限動く理由になっていました。たとえば、朝ベッドから起き上がる動作一つとっても、子どもの存在が原動力になっていたのは間違いありません。
夫の協力も大きな力でした。日々の気遣いはもちろん、副作用が出たときや入院中など、家のことや子どものことを任せられました。現在も精神的に頼りにしています。
それから、自分の「心地よさ」に妥協しない姿勢も大切にしていました。大げさな話ではなく、衣服の着心地やクッションの感触、目に入る色や形、音や香り、食べるものや遊びなど、自分本位になってもよい部分では自分の感覚を大切にし、機嫌よく過ごせるようにしていました。

編集部

治療中、心を保つために意識していたことは?

榎さん

自分でとても役に立ったと思っているのは、「俯瞰して自分を観察する視点」です。治療の恐怖に心を支配されるのではなく、体の反応を冷静に見つめて、「今回はこう来たか!」「この薬はこうなるのか!」と、好奇心を持って受け止めるようにしていました。痛みやつらさがなくなるわけではありません。しかし心まで巻き込まれずに済むため、痛みが過ぎ去るのを落ち着いて待てました。

編集部

もし昔の自分に声をかけられたら、どのような助言をしますか?

榎さん

「自分のせいで何かが起こったとは、思わなくていいよ」と伝えたいです。

配信元: Medical DOC

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