生きづらさはあるけれど、夫や行政の助けを借りて明るく育児をできている。この連載では私のように、生きづらさを抱えたまま母になった人にインタビューしている。今回インタビューしたのは、大きなポケットが付いたワンピースや体のラインを綺麗に見せるコルセットなど、女性の悩みを解決するアパレルとコルセットをECサイト『Pinup Closet』で展開する株式会社Alyoの取締役社長・元鈴木さんこと大橋茉莉花さん(38歳・@Motosuzukisan)。
元鈴木さんはADHDと虐待サバイバーという二重の生きづらさを抱えている。どんな思いで母になり、生きづらさと付き合っているのか、話を聞いた。
虐待のデパートの父とスピリチュアル依存の母
――元鈴木さんは虐待サバイバーとのことですが、どんな家庭で育ったのですか?元鈴木さん:うちの家族は誰も保護者としての責任を負っていない、自分が一番可愛い人たちの集まりでした。父からは殴られたり蹴られたりしていましたし、その様子を見て母が私を守ってくれることもありませんでした。
特に父は支配欲の強い虐待のデパートのような超モラハラ野郎。例えば私が「英語を勉強したいので英語のクラスのある高校に行きたい」と言うと「女は勉強なんてするな。保母さんにでもなれ」と言われました。当時はすでに、“保母さん”ではなく“保育士”という呼称に切り替わっていたので不適切ですし、「少子化ですけど?」と言うと殴られてしまいました。
――お父さんに言い返していたのですね。
元鈴木さん:母親はまったく言い返さないのですが、私は言い返していたので殴られましたね。たぶん父親は自信がなかったのだと思います。だから、コントロールしやすい女を伴侶に選んでいたのかなと。でも私は、申し訳ないけど母のようにはなりたくないので反抗させていただきます、と(笑)。
――お母さんはどんな方ですか?
元鈴木さん:スピリチュアルに走ることで現実逃避していました。母に関してはとっておきのエピソードがありまして……。夫が婚約の挨拶をしに私の実家に来てみんなで食事をし、つつがなく終わったかなと思ったとき、母が水を出してきたんです。そして「これは増える水です」と。
母はこう続けました。「北極の氷が溶けて大変な状態です。クジラが苦しいと言っています。これはそのクジラから託された水です。なるべく多くの人にこの水を飲ませなさいと言っています。クリスタルガイザーでも水道水でもこの水を一滴でも入れれば増えます」と。つい「あんたさ! 私のこと嫌いだよね!?」と言っちゃいました(笑)。
小学4年生のときに死のうとした
――過酷な家庭環境で育っていますが、今の元鈴木さんはとても前向きですよね。元鈴木さん:親が私の人生を救ってくれるわけではないと気づいたんです。人は1人で生まれて1人で死んでいくのだと悟ったのが小学4年生のときでした。当時は学校で浮いていて、先生からもいじめられていたんです。母に「もう死んじゃいたい」とこぼしたところ、「じゃあ死ねば」と言われて。それならと死のうとしたのですが、結局怖くて死ねませんでした。
そこから、じゃあ生きるしかないなと。人生は“消化試合”だと考えて、せっかく長い消化試合をするのであれば、死というゴールまでなるべく楽しく豊かに過ごせたらいいなと思いました。その時楽しければいいやと。
10代後半の頃は、将来は上野公園のブルーシートで凍死するか、30歳になったあたりで男に刺されて死ぬんだと思っていました。
――すごく具体的ですね。
元鈴木さん:自己肯定感が低くなって自傷的な恋愛ばかりしていたんです。あまり自分のことを大切にしてくれない男性に依存するような恋愛をしていました。

