医療現場の「白衣や聴診器」も治癒力を引き出すスイッチ
占い師の独特な口調、タロットや護符などのシンボリックな道具、神聖に整えられた空間といった「儀式的な演出」は、人間の脳内でエンドルフィンやドーパミンなどの神経伝達物質の放出を促すことが明らかになっています。
つまり、願掛けという身体と空間の相互作用そのものが、脳の報酬系や鎮痛系を物理的に活性化させる引き金になっていることが分かったのです。
しかも、興味深いことに、これと全く同じ作用は現代医療(西洋医学)の現場でも起こっています。
西洋医学は通常、「科学的で客観的」なものとみなされていますが、実は高度に洗練された「世俗的な儀礼」の側面を持っているからです。
医師の着る白衣や聴診器、MRIなどのハイテク機器、専門的な医学用語、そして処方箋の受け渡しなどがこれに該当します。そもそも現代医療は、「科学の権威」という強固な信頼を背景にしています。滅菌された静かな空間やハイテク機器は、患者に絶対的な安心感を抱かせます。
さっきまでおなかが痛かったのに、気分が悪かったのに、医師の診察を終えた途端、あるいは待合室で待っている間、なぜか症状が和らいだという経験はないでしょうか。要するに「医師の診察」という儀礼的な行為そのものが、患者の不安を解消し、自己治癒力を引き出すスイッチになっているのです。
願掛けがスポーツ選手のパフォーマンスを引き出す?
近年、スポーツ心理学においても、この領域は真面目に研究されています。2024年に発表された研究によると、アスリートの55%以上が迷信的な行動を信じており、競技ストレスを管理するために90%以上がスポーツ特有のルーティン(儀式)を実践していることが明らかになりました(※3)。
先述のダミッシュらと同様に、迷信的な行動は、不安を和らげ、自信を高め、不確実な結果に対して「自分でコントロールできている」という感覚を与え、パフォーマンスを向上させる心理的なプラシーボ効果を発揮していると指摘したのです。
ボクシングや格闘技など、一瞬のミスが致命傷になる「不確実性の高い環境」に身を置くアスリートほど、独自のルーティンや願掛けを強く行う傾向があります。人間は「先の見えない状況」に置かれると強いストレスを感じるため、占いやルーティンは、いわばその不安を中和する役目を担っていると言えるのです。
願掛けを行うことで、自分の力ではどうにもできない不確定な未来に対して、「主観的なコントロール感(Sense of Control)」を取り戻すことができるとされています。これが失敗への恐怖を抑え、本番での心理的なレジリエンス(回復力)を高めていると指摘されています。
このように、近年の科学的知見を踏まえると、「占いや願掛けは無意味なオカルト」ではなく、自分が信じている世界観を利用して、メンタルを維持、回復させる有効な「セルフケア術」としての側面が浮かび上がってきます。不確実な世の中を生き抜くための精神安定剤のようなものでしょうか。
未来がどうなるかを完全に予測することはできなくても、「神仏に祈ったから大丈夫」「占いで『今は耐える時期』と出たから焦らなくていい」という物語を心にインストールすることで、人間の脳は状況をポジティブに捉え、結果として現実の行動や体調まで好転させていくことがあるのです。
これこそが、数千年にわたり人類が占いや願掛けを捨てずに、むしろ洗練させながら大切に使い続けてきた本当の理由と言えるでしょう。もちろん、このような感受性が悪用される場合があります。高額商品を売り付ける悪質なビジネスなどです。ですが、もともと「祈り」は誰もが無料で使える潜在能力に過ぎません。
占いや願掛けという行為は、私たちが生来持っている「脳の特性」を巧妙に活用しています。それは、「客観的な事実(世界)」を変えるのではなく、当事者の「主観的な現実(受け止め方)」を書き換えるユニークなシステムなのです。
【参考文献】
(※1)Keep your fingers crossed!: how superstition improves performance/Psychological Science/2010
(※2)Placebo studies and ritual theory: a comparative analysis of Navajo, acupuncture and biomedical healing/Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences/2011
(※3)examining the influences of superstition on athletes’ behavior/Kinesiology/2024
