自己免疫性脳炎(じこめんえきせいのうえん)は、免疫システムが誤って自分の脳を攻撃してしまう自己免疫疾患の一つです。シフォンさん(仮称)の娘さんは、中学2年生のときにこの病気を発症しました。体育祭の後に出た高熱から始まり、全身のけいれん発作、2カ月間の入院、そして退院後の長いケア——。娘さんの闘病を母として支えてきたシフォンさんに、発症から診断、治療、退院後の生活までの経緯を聞きました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2026年1月取材。
体験者プロフィール:
シフォンさん(仮称)
4人家族。2008年生まれの娘が、中学2年生だった2022年に自己免疫性脳炎を発症し、2カ月間の入院治療を受ける。退院後は、リハビリテーションのために別の病院へ転院。その後、うつ症状が悪化したため精神科にも半年間入院した。現在はてんかんの薬を服用しながら通信制高校に通い、自宅では絵を描いたり、猫と遊んだりして過ごしている。
続く発熱とけいれん、まさか自分の子が…
編集部
娘さんの異変に最初に気付いたのは、何がきっかけだったのでしょうか?
シフォンさん
中学2年生の体育祭が終わった後、高熱が出て3日ほど下がりませんでした。病院で検査をしても原因は分からず、熱中症か風邪だろうと、私も本人も思っていました。4日目にいったん熱は下がったのですが、昼になるとまた上がる日が何日か続き、これはおかしいと気付いたんです。
編集部
診断が下されるまでに、どんな不安がありましたか?
シフォンさん
全身のけいれん発作が立て続けに起こったので、「このまま死んでしまうのではないか」と不安になりました。
編集部
医師からは、病気についてどのように説明されましたか?
シフォンさん
「治療が長くかかる病気です」と言われました。そして、「治療が終わっても医療的ケア児(日常的に医療的なケアが必要な子ども)になる可能性があり、何らかの障害が残るかもしれない」と説明を受けたんです。女性の場合は卵巣が関わっていることもあるそうで、「定期的に卵巣の検査も必要だ」とも言われました。
編集部
病名を告げられたとき、どのような心境でしたか?
シフォンさん
「まさか自分の子が、こんなに珍しい病気になるなんて」と信じられない気持ちでいっぱいでした。
家族と過ごせる時間は当たり前ではない
編集部
実際に、どのような治療を受けたのでしょうか?
シフォンさん
第1段階として、ステロイドパルス療法(短期間に大量のステロイドを点滴で投与する治療法)を3日間受けました。第2段階は、免疫グロブリンを点滴する治療でした。医師からは、「血液中の免疫の成分を補い、過剰な免疫反応を抑える治療です」と説明されました。
編集部
闘病生活の中で、一番つらかったことは何でしたか?
シフォンさん
娘が怒って泣き叫ぶ姿を見るのが、一番つらかったです。娘は短期記憶が難しくなり、病気の前は覚えられていた勉強の内容も頭に残らなくなりました。
編集部
治療中、特に印象に残っていることはありますか?
シフォンさん
娘がたくさんの点滴を付けているときのエピソードです。少し目を離すと暴れて全部外してしまい、また付け直すということを繰り返して、腕全体がアザだらけになっていく姿を見たときは耐えられませんでした。
編集部
つらい闘病生活の中で、心の支えになったものは何でしたか?
シフォンさん
家族が一丸となって娘をサポートし、つらいことがあればすぐに話し合って吐き出していたことが、支えになっていた気がします。入院中は、看護師が気にかけて、いろいろと私の話を聞いたり、何度も娘の様子を見に来たりしてくれたことも、とても心強かったです。
編集部
病気を経験して、価値観や生活で変わったことはありますか?
シフォンさん
実は私自身も、潰瘍性大腸炎(大腸の粘膜に炎症や潰瘍ができる難病)という病気を抱えています。そこに自分の子どもの病気が重なり、家族と過ごす時間は当たり前ではないのだと、強く感じるようになりました。今は、一緒にいられる時間をとても大切にしています。

